辺獄インフェルノ

世界の怖い事件をまとめています

🌍 世界の片隅で起きた、真実の記録。
遠い国の出来事のようでいて、今を生きる僕たちにも通じる――
このブログでは、実際に起きた事件や人間のドラマを
静かに、丁寧に語り継いでいきます。

アレクサンダー・ピアース

地獄の飢餓

アレクサンダー・ピアースと7人の囚人

 

 

 1819年。

 アイルランド生まれのアレクサンダー・ピアースという男がいた。

 当時29歳のピアースは、北アイルランドにて靴を6足盗んだ罪で逮捕された。

 逮捕後ピアースを待っていたのは、「流刑」という、窃盗罪にしては随分と重い刑であった。

 期間は7年。

 流刑場所はオーストラリアのヴァン・ディーメンズ・ランド、現代のタスマニア島である。

 

 しかしピアースは流刑後、2度の逃亡を決行した。

 逃亡中に犯した小さな罪も加算され、3度目の流刑地はタスマニアの西部沖にある1つの島――サラ島に決定した。

 

 

 

 1822年9月20日。

 ピアースは7人の囚人仲間と共にサラ島から脱走し、盗んだボートで海を渡った後、オーストラリア本土へたどり着く。

 ところがそこは未開の土地だった。

 どこまでも続く森、切り立った崖……

 食料もなく、豊富にあるのは海水だけで、飲み水もまともに得られない。とても人が暮らせる場所ではなかった。

 

 逃亡して1週間。

 このあたりはピアースの証言があやふやであり、本当の事実がどうであったかは謎である。

 彷徨う男達の口には、依然として満足のいく食べ物が入らなかった。

 背に腹は代えられぬと 草や虫を口にしたとは思われる、それでも男性7人の空腹感が満たされることはなかっただろう。

 狂いそうになるほどの飢餓感、疲労、絶望。

 ある時、囚人の一人であるアレクサンダー・ダルトンが、この逃亡の無計画さをぼやき、後悔の愚痴を吐いた。

「こんなの上手くいくはずがない、脱獄なんてやめれば良かった。お前らのせいでこんなことになったんだ!」

「うるせえなぁ、ガタガタ抜かしやがって」

 ダルトンの愚痴に苛立ちを覚えたのは、同じく囚人の一人であるロバート・グリーンヒル。

 極度の空腹と疲労とストレスが溜まっていた彼はおもむろに立ち上がり、なんと手にしていたオノをダルトンに向けて振り下ろしたのである。

 これこそがまさに狂気の幕開けであった。

 

 動かなくなったダルトンを呆然と見つめる囚人たち。

 そんな中、グリーンヒルが言った。

「こいつを食っちまおう」

 ピアースの証言によれば、ダルトンが眠っているところにグリーンヒルがオノを振り下ろし、マシュー・トラヴァースが喉をかき切ったという。

 ダルトンの内臓を取り出してから頭部を落とし、火で焙って食べたとのことである。

 空腹に耐えきれなかった男達により、アレクサンダー・ダルトンはあっという間に食い尽くされてしまった。

 

「人を食べる」という禁忌を恐れたのは、エドワード・ブラウンと、ウィリアム・ケナリーの2人だけであった。

「次に食われるのは俺達かもしれない」

「ここにいては駄目だ、逃げよう!」

 そう考えたこの2人はピアース達の輪から抜けて、元の流刑地であるサラ島に戻ろうとした。

 だが不運なことに、逃げきれなかった2人は途中で倒れ餓死してしまう。

 仲間達に食われることなく人生を終えたというのは、この状況においては不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

 それから約2週間後、トーマス・ボーデナムが次の食人の犠牲となった。

 更に2週間と少し経った頃、今度はジョン・メイザーが犠牲となった。

 

「グリーンヒルに襲われたメイザーは観念していた。俺達は彼に祈りの時間を30分与え、その後、メイザーは自ら地面に横たわり頭を差し出した」――アレクサンダー・ピアース

 

 ピアースを含め、始めは8人いた囚人達。

 2人は逃亡し、3人は食料となり、ついにその人数は3人となってしまった。

 残ったのはピアース、グリーンヒル、そしてトラヴァース。

 三つ巴の戦いとなるはずだが、ピアースは一人焦っていた。

 なぜならグリーンヒルとトラヴァースが、もともと友人として仲が良かったからだ。

次の犠牲者が出るとしたら、消去法でいけば十中八九ピアースである。

 

 ピアースは怯えていた。

 しかしここで、誰も予想もしていなかったことが起こる。なんとトラヴァースが、毒蛇に噛まれてしまったのだ。

 

「脚が腐ってるぜ、これではもう助からねえ」

「助けてくれ!殺すな、食わないでくれ!」

「すまねえ、トラヴァース!」

 ――グリーンヒルのオノがトラヴァースの命を奪ったその時、ピアースは内心ほくそ笑んだことだろう。

 

 

 アレクサンダー・ピアース、ロバート・グリーンヒル。

 仲間達が犠牲になった結果、生き残った2人。

 互いに警戒しつつ睨み合うような、無言の戦いの幕開けとなった。

 

(ロバート、お前が眠っている隙に寝首を搔いてやるからな)

(ピアース、油断して目を閉じた時がお前の最期だ)

 こうなったら先に眠った方が負け、暗黙のルールである。

 

 皆さんも仕事中や授業中、どうしようもない睡魔に襲われた経験はあるだろう。

 あの、何をやっても抗えない眠気。

 ピアースとグリーンヒルは眠気の他にこれまでの疲労も重なり、恐らくは何度もウトウトしかけたはずである。

 しかし、やがて睡魔に意識を奪われるときは訪れる。

 彼らの場合先に眠ってしまったのは、グリーンヒルの方であった。

 心地好く眠るグリーンヒルの背後から、じりじりと忍び寄るピアース。

 ピアースはグリーンヒルのオノをそっと奪い、思い切り振り下ろしたのだった。

 

 

 グリーンヒルを食べてから1週間後。

 ピアースは彷徨った末、ようやくまともな人間が生活を送る居住地域を発見し命を救われた。

 そこで拘束されたピアースはこれまでの食人行為について白状したあと、再びサラ島の流刑地へ送られたのだった。

 

 ところがその1年後、1823年11月16日。

 ピアースはまたしても仲間を連れて、流刑地からの脱獄を試みた。

 この時の仲間は、トマス・コックス。

 ピアースから脱獄の話を持ち掛けられ、意気揚々と脱獄に挑むコックス。

 しかしコックスは、脱獄からわずか3日後の11月19日――ピアースによって命を奪われ、食われてしまった。

 なんとピアースは、初めからコックスを食料として見ていたのである。

 

 そう、ピアースは緊急避難的に行なわれていた食人行為・アントロポファジーから人の味を覚え、自ら人の肉を欲し欲望を満たすタイプのカニバリストへと変貌していたのだ。

 ピアースにとってコックスは、歩く食料であった。

 脱獄への期待に胸を膨らませるコックスの後ろ姿を凝視しながら、生唾を飲んでその肉をどう食おうかと考えていたのである。

 もちろん後ろを歩く男がそんな狂気じみた欲望を抱いているなど微塵も思っていなかったコックスは、哀れにも手にかけられ食べられてしまったのだった。

 

 

 脱獄から10日後にピアースは再び拘束されたが、その時「脱獄用に」と持ち出した魚や果物は、手付かずのまま残っていたと言われている。

 魚や果物を大事に取っておいたわけではない。ピアースは本来食料とされる魚の肉よりも、みずみずしい果物よりも、人間の肉が食べたかったのだ。

 

 度重なる脱獄と殺人という罪により、ピアースは、ヴァン・ディーメンズ・ランドにて裁かれ、絞首刑となった。

 最後の最期、ピアースはこう言った。

「人間の肉ってのは、それはもう旨いモンなんだ。正直言って、豚肉なんかよりもずっとな」

 そうして1824年、ピアースは処刑されたのだった。

 

 ★

 

 共食いをする生き物は確かに多く存在している。

 例えば昆虫、カマキリなどは交尾のあとにメスがオスを食うことなどは有名である。

 他にも同族食いをする動物は数百種類いると言われており、環境によって、例えば栄養状態が低下したり種が増えすぎたりすると、その頻度が上がるとも言われている。

 人間が人間を食う行為は、前提として「相手の命を奪う行為」が含まれているため単純に犯罪とされているのだが、他にも食人行為をすることによって生まれる病気などが存在している。

 プリオン病と呼ばれるものが代表的で、人間を食べることにより脳に異常なほどのプリオン蛋白が沈着し、脳神経細胞に障害が出た結果、肉体的にも精神的にも異常をきたしやがて死に至るという恐ろしい病気である。

 潜伏期間は長ければ何十年とかかるため自覚症状に気付きにくいが、発症した際には想像を絶するほどの苦しみを味わうこととなるのだ。

 それでも我々の黒い歴史においてカニバリズムの事件は多い。

 また、犯罪ではなく文化として食人行為を行なう場合も確かにあった。

 例えばある部族では、亡くなった戦士の肉を食べて誇りや魂を受け継ぐという文化があると聞く。

 ピアース達が行なったのは想像を絶する空腹の末の食人行為であり、僕達もこの先 いつそんな状況に陥ってしまうか分からない。

 だが、始めから食べるために殺すというのは誰がどう考えても犯罪である。

 ピアースの舌と胃袋を喜ばせた人肉とは、それほどまでに美味なのだろうか?

 その答えを知ることなく一生を終えたいものである。

 

 

ルドルフ          

 

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