不気味な肉屋
人々の需要を満たした恐るべき狂気

あなたが昨日食べたステーキ、本当に牛肉ですか?
明日食べる予定のフライドチキン、本当に鶏肉ですか?
この記事を見終わった後、今夜のメニューを見直したくなるかもしれません。
舞台は1924年のドイツ、ミュンスターベルク。
そこにはかつて、ドイツ中を震撼させた――不気味でおぞましい肉屋の男が存在していたのである。
1921年のドイツ、ミュンスターベルク。
この町に、土地の名士であり地主でもある当時54歳のカール・デンケという男がいた。
心優しい彼は人望も厚く町の人々から愛され、日曜日には教会でオルガンを弾くなど 地域貢献にも熱心であった。
そんなカール・デンケを慕っていた人々は、尊敬を込めて彼のことを「パパ・デンケ」と呼んでいた。
しかし、時代は第一次大戦後。
敗戦したドイツは巨額の賠償金を支払うこととなり、国内では急激なインフレが巻き起こっていた。
ハイパーインフレ状態と化したドイツ。
ドイツ経済は安定性をなくし、失業率も爆上り。これまでの貯蓄を無意味とされてしまった人々は貧困に苦しみ、道には住む家のない人々が溢れていた。
カール・デンケはそんな行き場のない人々に手を差し伸べ、自身が経営している宿泊施設に無料で泊めていたのだった。
◆パパ・デンケの正体
1924年12月のある夜。
使用人たちも寝静まった深夜、デンケの屋敷内に男性の悲痛な叫び声が響き渡った。
「何だ今の声は、強盗かっ!?」
「大変だ、ご主人様が危ない!」
悲鳴を聞いて飛び起きた使用人が慌てて部屋に駆け付けると、そこには見るもおぞましい地獄の光景が広がっていた。
飛び散る血液、床に散乱する肉の塊、そして――血塗れの斧を握った屋敷の主、カール・デンケ。
「ご、ご主人様。あなた一体、何をされてるんですか……?」
台の上には一人の男が寝かされていた。
今まさにその男の頭を、デンケが斧で叩き割ろうとしていたのである。
使用人が耳にした悲鳴は主人ではなく、台に寝かされた男が発したものだった。
しかもよく見るとこの男性――。住む家がなく、デンケが無料で施設に宿泊させていた男ではないか。
使用人はすぐさま通報、あえなくカール・デンケは逮捕された。
一体彼に何があったというのか?
◆デンケのひらめき
第一次世界大戦後の暗いドイツ社会で起こってしまった、この事件。
名士であり資産家でもあったデンケは、このドイツの現状に頭を悩ませていた。
物価は上がる一方。飢える人々、住む家のない人々、苦しむドイツ国民。
この辛い現状を打開するために必要なものは、「供給」である。
生きる上で最も重要な「食べ物の供給」が増えれば、人々にとってかなりの救いになるはずなのだ。
――高い物を買いたくないという気持ちは皆同じだ。
――供給が足りていないならば、私自身が供給を作るしかない。
――とにかく今人々に必要なものは「肉」だ。肉の供給さえ増えれば。
肉のことで頭がいっぱいになったデンケがふと視線を上げると、そこにいたのは
大勢のホームレス達。
デンケの頭に、「とあるひらめき」が浮かんだ瞬間だった。
◆冷静な狂気
デンケは1921年から逮捕される1924年までの3年間、次々とホームレスの人々を手にかけ、食肉用に加工していった。
同時にデンケは詳細なデータをメモに記していた。
性別、年齢、身長と体重、健康状態、出身国などを細かく分けてデータ化し、それによって味付けを変え、より美味い肉を作るにはどうすれば良いのかを研究していたのだ。
そして更なるデータを集めるため、試作段階の時点から、デンケは加工した肉を自身はもちろん屋敷の使用人にも食べさせ、その味の評価を行なっている。
デンケは使用人のディナーに加工した人肉を出し、こんなことを言った。
「今夜の肉はどうだったかね? 食べ終わった者はアンケートに記入して提出しなさい」
この試作段階の時点での犠牲者は、実に30人から50人――もしくはそれ以上といわれている。
そうしてデンケは人間から作った加工肉の味に自信を持ち、とうとう市場に流通させ始めた。
◆社会の闇
「パパ・デンケが始めた新しい仕事を知ってるかい? とにかく安く肉を卸してくれるんだ」
「ああ、しかし牧場もないのにどうやって肉を調達しているんだろう?」
「そんなことは関係ないさ。この肉不足の時代に安い肉をたくさん売ってくれるんだ」
肉屋たちはとにかく「値段が安い」という理由から、こぞってデンケの肉を購入していた。
飼育場もないのになぜたくさんの肉を作れるのか、そしてなぜこんなに安いのか。不思議に思う者はいたものの、誰もデンケの肉を仕入れることを拒まなかった。
どのくらいの量が卸され、どのくらいの肉が売れ、どのくらいの人々がそれを口にしたのかは明らかになっていない。
肉の味がおかしいという声も、調べた限り上がっていない。
誰も彼もが困窮し、生きるのに精一杯だったのだ。
また第一次世界大戦後という、デンケの犯行が行なわれたのとほぼ同時期のドイツに、フリッツ・ハールマンとペーター・キュルテンという二人の有名な連続殺人鬼がいる。
ハールマンは一人で歩いている若い男性や少年をさらっては性的に乱暴し、喉の肉を食い契って絶命させていた凶悪殺人鬼。
一説では被害者の肉を豚肉と称して闇市で売っていたとも言われているが、その真偽は明らかになっていない。
キュルテンは何人もの少女や女性を襲った鬼畜な暴行殺人鬼であり、デュッセルドルフの吸血鬼とも呼ばれていた。
(※ちなみにこの二人は逮捕・裁判ののち、ギロチン刑にかけられた)
カール・デンケと並んで紹介されることが多いこの二人だが、ハールマンとキュルテンは自身の欲望のために人々を手にかけていたのに比べ、デンケは単純に経済的目的のために行動していたのだ。
デンケの屋敷を警察が調べた際、次々とおぞましい証拠品が見つかった。
デンケの宿に下宿していた人々の身分証明書と大量の衣服。
塩漬けされた人肉の樽、人の脂肪と骨の入った瓶詰、そしてデンケ自身が作成した加工肉のデータノート。
その時点で見つかった人肉はおよそ30人分近く、或いはそれ以上の量があったといわれている。
使用人に目撃され逮捕となったカール・デンケ。
デンケは自身の罪を認め、「1921年からの3年間は人肉しか食べていなかった」と自白した。
しかしデンケは裁判が始まらないうちに独房でサスペンダーを使って首を吊り、自ら命を絶ったのだった。
自害の理由は、元々信心深かったデンケなので良心の呵責に耐えられなかったのでは……とも言われているが、真相は誰にも分からない。
ドイツのハイパーインフレは「レンテンマルクの奇跡」と呼ばれる、シュトレーゼマン内閣の通貨統制委員が発案した新通貨・レンテンマルクにより解決となった。
しかしこの新たに発行された紙幣を国民が受け入れるかどうかは、いわゆる「賭け」だったそうだ。
アダム・ファーガソンが執筆した「ハイパーインフレの悪夢」には、こんな言葉が書かれている。
「重大な疑問は、国民すべてがそれを信じるかどうかだった。信頼がすべてなのだ」
国民が国を信じた結果起こった奇跡、信頼が全てというファーガソンの言葉。
もしも自分の国がこのような状況に陥ってしまったら、あなたは祖国を信頼できますか?
ルドルフ

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