辺獄インフェルノ

世界の怖い事件をまとめています

🌍 世界の片隅で起きた、真実の記録。
遠い国の出来事のようでいて、今を生きる僕たちにも通じる――
このブログでは、実際に起きた事件や人間のドラマを
静かに、丁寧に語り継いでいきます。

アンドラス・パンディ

残虐非道

欲に溺れた牧師の許されざる犯行

 

 

「牧師さん」についてどんな印象をお持ちですか?

 キリスト教プロテスタントにおける神の教えを広め、人々のために祈り、子供達を愛し聖歌を教える。

 そんな「優しい人」というイメージがあるかもしれない。

 ただクリスチャンであっても牧師であっても、同じ人間である。

 嘘もつくし人を憎むこともある、これは人間として当たり前のことだ。

 しかし、1957年のベルギー。

 ブリュッセルにて牧師になったこの男は、牧師であり人間でありながら、とんでもない犯罪をやらかしたのだ。

 男は、自身の家族6人を殺害したのである。

 しかもその犯行の裏側には、更に恐ろしいものが隠されていた。

 それは、30年近く続いていた「実の娘」への洗脳と強姦。

 

 

 

 1997年。

 ベルギー、ブリュッセル。

 この日、地元の警察署に一人の女性がやってきた。

 女性の名前はアニエス・パンディ、当時44歳。

 彼女は覇気がなくやつれており、何かに怯えている様子である。だが彼女の口はしっかりと、自身と家族の身に起きたおぞましい出来事を訴えたのだった。

 彼女の訴えとは次の通り。

「私の父親が家族を殺した。私は父親の性奴隷にされ、殺人の手伝いもさせられた」

 アニエスが語った父親の話。

 それは、この町に住む者にとって俄かには信じられない恐るべき話だった。

 

 

◆愛されていた父親

 アニエスが警察を訪れるより40年前の1957年。

 この年、とある家族がベルギーに移住してきた。

 夫 アンドラス・パンディ。

 妻 イローナ・パンディ。

 娘 アニエス 4歳。

 夫アンドラスは元々ハンガリー生まれだが、ハンガリー動乱によりスイスに亡命。その時同じく亡命していたイローナと出会い結婚し、そこからまたベルギーへと渡ったのだ。

 アンドラスはスイスで神学を学び、ベルギーに移住したのちブリュッセルにて教会を設立した。

 30代に差し掛かったアンドラスは牧師として活動を始め、その優しい人柄は地域の人々からとても愛されていた。

 妻との間にも3人の子供がいた。

 長女アニエス、長男ダニエル、次男ゾルタン。

 アンドラスは様々な小学校を回って神の教えを説き、一家も仲が良く、まさに理想の家族である――と、周囲は思っていた。

 

 それは、長女アニエスが12歳になったある夜のこと。

 眠っていたアニエスが何かの気配を感じて目を覚ますと、ベッドの横には父アンドラスが立っていた。

 こんな夜更けになにをしているんだろう?

 不思議に思っていたアニエスだが、次の瞬間発せられた父の言葉に彼女は凍り付くこととなる。

「アニエス。父親が娘の初体験の相手になるというのは、神様が決めたことなんだよ。だからお前の処女は、父さんの物なんだ」

 この訳の分からない考えにより、12歳のアニエスはその夜、父親によって無理矢理体を開かされたのだった。

 しかもこの夜を境に、アンドラスは毎晩アニエスの部屋を訪れることとなったのである。

 昨日まで優しく頼れる存在だった自慢の父が、突如としてケダモノに変化したのだ。アニエスの恐怖と悲しみはいかほどだったか。

 

 またどういうわけか、アンドラスは末っ子のゾルタンを自分の息子だと思っていなかった。

 ゾルタンは妻が他の男との間に作った子であると決めつけ、それを理由に妻と離婚。

 個人的には娘アニエスを徹底的に支配したかったアンドラスが、娘を母親から引き離すことで、より自身に依存させようとしたのではないかと感じている。

 なぜならアンドラスはその後別の女性と再婚するのだが、その間も再婚後も、ずっとアニエスとの関係を続けていたからだ。

 妻と離婚したのが1967年。再婚したのが1979年。少なくとも離婚から再婚までのこの時点で12年間、アニエスは実の父であるアンドラスに乱暴され続けていたのだ。

 

 

◆広がる被害

 妻と離婚し、別の女性エディットと再婚したアンドラス・パンディ。

 エディットには前の夫との間に設けた3人の娘がいた。

 長女ティミア、次女ツンデ、三女アンドレア。

 再婚当時で長女ティミアは15歳。次女と三女はそれよりも幼かったということだ。

 なんとアンドラスは、この3人の娘まで毒牙にかけ始めた。

 

 アンドラスは再婚相手の娘達に対して日常的に性的関係を強要し、同時に、26歳になった実の娘アニエスにも引き続き手を出していた。

 大人になったアニエスは父を止めず、また父から離れることもしなかった。しなかったというよりも、できなかったのだ。

 アニエスは12歳の頃から徹底的に父親から主従関係を叩き込まれ、父親の奴隷としての生き方を強いられ、痛みと恐怖によって完全に洗脳されていたのである。

 

 そんな生活をしているうち、1984年。

 アンドラスは再婚相手の長女・ティミアを妊娠させてしまった。この時のティミアは20歳。

 生まれた男の子はマークと名付けられたが、息子として育てるというアンドラスに対し、ティミアは赤ん坊を渡したくないと強く主張した。

 アンドラスの息子として育てたくないし、アンドラスの教育も受けさせたくない。絶対に息子には関わらないでほしい。――ティミアの主張はもっともである。アンドラスは母親の再婚相手であり、自分は無理矢理妊娠させられたのだ。このままでは妹たちだっていつ妊娠してしまうか分からない。

 なにより我が子マークの成長に、アンドラスのような男が良い影響を与えるわけがない。

 当然ながら、ティミアの家族も彼女の味方をした。

 アニエスだけは洗脳によりアンドラスの味方をしていたが、アンドラスとしては妻や義理の娘達が自分の言うことを聞かないという現実が我慢ならなかった。

 

 家族は自分が支配すべきである。

 言うことを聞かない者は、絶対に許さない。

 

 怒りが頂点に達したアンドラスは、唯一自分が支配しているアニエスに次のことを命令した。

「ティミアを、殺せ」

 アニエスはアンドラスに逆らえなかったため、その恐ろしい命令を聞き入れてしまった。

 

 1985年、6月。

 アニエスは鉄の棒でティミアの頭部を殴打。しかしティミアは怪我を負ったものの命までは失わずに済み、この狂気の親子に危機を感じて脱出することに成功した。

 我が子のマークを連れてカナダへと逃げたティミア。アンドラスとアニエスは血眼になってティミアを探したが、結局ティミアは親子に見つかることはなかった。

 

 ティミアとマークを失ったアンドラスが抱いたのは悲しみではなく、とてつもない怒りだった。

 アンドラスはその怒りを、なんとアニエス以外の家族に向けて爆発させたのである。もちろんこの時点では夫婦仲など冷めきっており、妻エディットは娘を妊娠させたアンドラスにほとほと愛想を尽かしていた。

 

 約1年後、1986年7月31日。

 アンドラスはアニエスに命じ、妻のエディットと、当時14歳の三女アンドレアの頭部をそれぞれハンマーで叩き潰させた。

 ティミアの時とは違い、2人は命を奪われてしまった。

 しかもこれだけでは止まらず、アンドラスは次に「元妻」と「自分の息子たち」にも怒りをぶつけたのだ。

 なぜアンドラスは、無関係な元妻たちをも狙ったのか?

 元妻のイローナは赤ん坊マークに関する相談を受けた際、「マークを息子として育てたい」というアンドラスの意見に否定的だった。

 あの時、「息子はティミアに任せるべきだ」と言ったイローナ。

 

 1988年3月。

 自分に逆らう奴は我慢ならなかったアンドラスは、元妻のイローナとそこに居合わせた26歳の長男・ダニエルの命を奪った。

 銃で頭部を撃ち抜かれていた2人。実行したのはもちろん、父に命じられたアニエスだった。

 その翌月――

 次男のゾルタンは「母と兄の死はアンドラスの仕業だ」と勘付き、独自に調査をしていたところをアンドラスに知られ、手にかけられてしまった。

 

 義理の娘で唯一助かっていた次女のツンデ。

 彼女は家族を奪われた3年後の1989年、恋人と海外へ逃げようとしていたが、それもアンドラスに知られてしまい、彼女もまた命を奪われてしまった。

 

 殺された6人は遺体をバラバラにされ、食肉解体業者が使う廃棄場へと捨てられた。頭部や手などは浴槽に張った硫酸に漬けて溶かし、証拠隠滅をはかったという。

 アンドラスはこれらのおぞましい行為にもアニエスを参加させ、遺体の解体や遺棄を手伝わせている。

 

 

◆逮捕と裁判

 1992年。

 アニエスは地元警察を訪れ、父親から性的虐待を受けていることと、家族が行方不明になったことを伝えた。

 命令とはいえ自身が手にかけた家族を「行方不明」と言ったのは、もちろん捕まりたくないという思いがあったからだろう。

 しかし捕まりたくないならなぜ警察を訪れたのか?

 個人的な考察だが、アニエスは本当に限界を迎えようとしていたのではないだろうか。僅かに残った冷静な部分を何とか奮い立たせ、初めて外部の人間に助けを求めたのだ。

 

 しかし捜査を始めた警察は、アンドラスの裏工作にまんまと騙されてしまった。

 家族が送ってきた手紙だと言って見せた絵葉書には『ハンガリーで暮らしている』と書いてあり、これを鵜呑みにしてしまったのだ。

 もちろんその絵葉書は、予めアニエスに書かせていたものである。

 性的虐待についても一切否定。

 警察は、人望の厚い牧師であったアンドラスの言うことを信じ、逆にアニエスの方が精神的におかしなことになっているのではないかと思ったという。

 アンドラスは警察をも欺いたのだ。

 しかしアニエスは諦めなかった。

 

 5年後、1997年。

 再び警察署を訪れたアニエスは、今度は具体的な証言をした。

 順を追って丁寧に語ったアニエスの証言により警察は再度調査を始め、1997年10月17日、ようやくアンドラス・パンディは逮捕された。

 翌11月20日には、アニエスも共犯者として逮捕された。

 アンドラスは法廷でも自分勝手な嘘をつき、罪を認めなかった。

 DNA鑑定によってマークが自分の息子だと判明した時も、「ティミアが私の下着で自慰行為をして勝手に妊娠した」などと法廷中が呆れかえるような発言を繰り返したのだ。

 アニエスの証言も全て嘘だと言ってのけたが、精神鑑定の結果、アニエスの証言は信用に値すると認められた。

 

 いよいよ逃れられないと察したアンドラスは、嘘どころか妄言を口にし始める。

「家族の失踪は天使の御業だ。天使が家族は無事だと教えてくれた」

「私が無罪になった時、全ての真実が明らかとなる」など。

 

 恐怖により洗脳されていたアニエスには、懲役21年の判決をくだされた。

 アンドラス・パンディは5つの殺人と1つの殺人未遂、そして強姦罪も加わった結果、終身刑が言い渡された。

 

 2010年6月。

 獄中で乳癌を患ったアニエスは仮出所が認められ、ベルギーの修道院に引き取られた。

 2013年12月23日。

 アンドラス・パンディは病気により3年前から療養所へ移されていたが、86歳でこの世を去ったのだった。

 

 

 

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