パリ人肉事件
日本で1番有名なカニバリスト

カニバリズムというと、誰を思い浮かべますか?
ブルックリンの吸血鬼、アルバート・フィッシュ。
ロシアの死神、アンドレイ・チカチーロ。
フィクションならばサスペンスの最高傑作「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター博士。
何となく海外の事件というイメージがあるカニバリズム。
しかし日本人も、これまでに数々の食人事件を起こしていた。
例えば1945年の「群馬連れ子殺人・人肉食事件」。
2000年に起きた「高校生人肉食目的教師殺人未遂事件」。
他にも色々な事件があるが、中でも有名なのが「パリ人肉事件」である。
この事件が起きたのは1981年のフランス。
日本から来ていた留学生の男が、友人のオランダ人女性を手にかけてその肉を食べたという事件。
知っている人も多いだろう。男の名前は、佐川一政。
1981年6月13日。
フランス、パリ――ブローニュの森。
ここはパリ16区にある広大な森林公園であり、ボートが乗れる湖や穏やかで大きな池もある、緑豊かな観光地である。
この日、日本人と思われる男性の不審な行動が目撃されていた。男はスーツケースを持ち、池に向けて何かをしようとしていたのだ。
あまりにもその挙動が不自然だったために目撃者が近付こうとしたところ、男はハッとした様子でその場を離れ、逃亡した。
その行動にますます不信感が募り、慌てて男が残したスーツケースを確認すると――なんと中から人間のバラバラ遺体が出てきたのである。
事件が発覚した瞬間だった。
◆佐川一政の犯行
佐川一政、当時32歳。
1949年4月26日、兵庫県神戸市の生まれ。
佐川は裕福な家庭で育ち、関西学院大学大学院・文学研究科英文学専攻修士課程を修了したのち、パリ第3大学大学院・比較文学専攻修士課程も修了するほどの成績優秀者であった。
性格は幼い頃から内向的で、芸術や文学を好んでいたという。
フランスに留学したのは1977年、28歳の頃だった。
佐川はパリ第3大学大学院で学びながらフランスでの生活を満喫し、同じく留学生だったオランダ人の女性――ルネ・ハルテヴェルトさんと親しくなった。ルネさんは当時25歳。
未熟児で生まれた佐川は自身が小柄であることにコンプレックスを抱いており、同時に、白人女性に対して特別な憧れを抱いていたという。
親からの充分な仕送りで生活していた佐川はそのお金で娼婦の女性を家に呼び、事に及びながら「あること」を考えていた。
――この女性を食べてしまいたい。
逮捕された佐川と多くの手紙のやり取りをしていた、パリ在住のジャーナリスト・広岡裕児氏。
佐川は広岡氏への手紙の中で、こんなことを語っている。
「私にとって性的欲望は、食人願望と同じでした。
若い女性をみると、たちまちそういう気持ちになるのでした」
つまり佐川にとってセックスとカニバリズムはイコールであり、女性とプレイをしながら同時に相手の女性を食べたいという欲求をも抱いていたということだ。
ちなみに「人を食べたい」という思いは、幼少の頃からあったそうである。
子供の頃に父親が語っていた、人を食べる魔女の話。
その話が強烈に印象に残っていたためか、佐川は人を食べるという行為にどこか特別な思いを抱いていたということだった。
ちなみにルネさんと出会う前、佐川がまだ日本にいた頃――。
佐川はドイツ人女性宅に侵入し、彼女を食べる目的で殴って気絶させた。
途中で女性が目を覚まして悲鳴をあげたため佐川はすぐに逮捕されたが、父親が多額の示談金を払い、告訴はされなかった。
ドイツ人女性を食べるという行為は未遂で終わったものの、やはり佐川の中で「女性を食べたい」という欲求が収まることはなかった。
そして、1981年6月11日。
フランスに来てから約4年、ついに佐川の欲求が弾けてしまう。
佐川の欲望の犠牲となってしまったルネさん。
ルネさんと佐川は1981年の5月に出会っており、佐川はルネさんからドイツ語を教えてもらいながら交流を続けていた。
彼女はその日佐川に呼ばれて彼の家を訪ね、いつも通り笑顔を見せ、いつも通り会話をしていた。
目の前の男が仄暗い欲求を抱えていたことなど 露ほども思っていなかったことだろう。
佐川はルネさんの背後からカービン銃を撃ち、ルネさんの命を奪った後で恐ろしい凶行に走った。
はじめにルネさんの衣服を脱がせて遺体に性的な乱暴をし、ルネさんの体の一部を切り取って生のまま食べ、遺体を解体し、写真を撮り、体の一部を調理して食べたのだ。
「ルネを殺したのは、食べる為。
彼女がとてもおいしそうだったから、食べたくて殺したのです。
それだけは本当です」
◆逮捕後の流れ
逮捕された佐川一政。彼は心神喪失であったとして不起訴処分、裁判では何と無罪となった。
フランスの精神病院に入院したのち1年後に帰国、それから東京の病院で1年間入院。
しかしその病院の当時の副院長であった金子医師と日本の警察は、佐川は精神病ではなく人格障害であり、刑事責任を問われるべきであると考えた。
また、なぜフランスで不起訴となったのかという疑問に対して金子医師は、「フランスの病院は、佐川が1歳の時に患った腸炎を脳炎と間違え、それによって誤った判断を下したのではないか」と考えたそうだ。
つまり佐川一政は、本当は裁かれて相応の罰を受けるはずの人間だった。それが病院側のミスにより不起訴となってしまったのだ。
これらの考えにより日本の警察は佐川を逮捕し日本で裁判を行なう方針だったが、フランス警察が「不起訴処分となった者の捜査資料は渡せない」として、日本の警察の要求を拒否した。
そのため佐川一政は、二度とこの件で裁かれることはなかった。
しかし事件を起こしたという事実だけを見れば、佐川は世間一般的に見て「異常」な人間なのである。
マスコミは退院後の佐川を取り囲み、佐川一政はたちまち有名人となった。
小説家になった佐川は自身の事件についての書籍を出版し、また「連続幼女誘拐殺害事件」の犯人である宮崎勤が逮捕された時などは、猟奇事件の理解者として月刊誌や新聞の夕刊などに多くの連載を持つこととなった。
充分すぎる印税による収入に加えて講演・トークショーなどにも出演。
また一時期はアダルトビデオの男優として活動していたこともある。
佐川一政の映像や雑誌メディアに関する記事を見ていると、当時の日本でどれだけの人達が彼に興味を持っていたのかが窺い知れる。
当然中には、佐川の犯行を指して「罪を償え」と叫ぶ人々もいた。
皆さんはどう思うだろうか。
恐らく当時は佐川一政というだけで注目を得られるため、マスコミが佐川を時の人としてまつりたて、講演や書籍やAVなどが展開されたのだと思うが――亡くなったルネさんのご遺族がこれらの情報を耳にしたならば、どんなに悔しい気持ちだったか。想像するだけで胸が痛む。
中でも僕が異常だと思ったのは、佐川が自分で自分を描いた漫画である。
「まんが サガワさん」というタイトルで出版されたその漫画は、事件当時の佐川がどのようにルネさんを食べたか、どんな味だったかなどがコミカルなタッチで描写されているものだ。
被害者や遺族に一切の配慮がない無神経な内容もさることながら、僕が驚いたのは カバー裏に大きく印刷された「解体された被害者女性のモノクロ写真」である。
モザイク処理もなく、そのまま載せてある無残な女性の写真。
どんな流れでこれを載せようとなったのか、正直説明されても理解できる自信がない。
このように書籍出版や講演などでお金を稼いでいた佐川一政。
しかしながら佐川の華やかな生活は、長くは続かなかった。2000年代に入ると次第にブームは去り、誰も佐川のことを話さなくなったのだ。
それまでの仕事が殆どなくなった佐川は生活に困窮し、家族の金を盗んだり家にあったものを勝手に売ったりしたが、それでもお金が足りずやがて闇金に手を出すこととなる。
相変わらず佐川は白人女性が好きで、彼女達と付き合うにはとにかくお金が必要だったのだ。
500枚を越える履歴書を書いたがどの会社でも採用されず、小説を執筆しても、その頃にはどの出版社も受け入れることはなかったそうだ。
そんな中でも2010年のインタビューでは、こんなことを言っている。
「もう白人女性は卒業した。
今は日本人女性、特に沖縄の女性、ちゅらさん。
食欲を感じます」
2013年に脳梗塞で倒れてから佐川は殆ど寝たきりとなり、食事などを弟に介助してもらうようになり、年金と生活保護で生活をしていた。
その生活の中で、映画「カニバ」の撮影が行なわれ、「カニバ」は第74回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門で審査員特別賞を受賞している。
昨年2022年11月24日。
佐川一政は肺炎のため、都内の病院で息を引き取った。享年73。
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日本でも有名な「パリ人肉事件」。
恐らくは間違いにより不起訴となってしまったこと、帰国後の加害者が時の人として活動していたこと。
加害者を持ち上げて視聴率や売上げを稼いだであろうマスコミや、漫画に被害者の遺体写真を載せた出版社。
被害者がもしも自分の家族だったら。
自分の大切な娘、恋人、パートナーだったとしたら。
ヴェネチア国際映画祭で特別賞を受賞している映画「カニバ」。
映画祭では途中退席者が続出し、日本ではどの配給会社も買付けを拒否したそうだ。
実を言うと、初見時は僕も途中で観るのをやめてしまった一人である。
つまらなかった訳ではない。あまりにも生々しくて痛々しくて、子供の頃に見た悪夢のような形容しがたい不安感に精神を圧迫され、観続けることができなかったのだ。
不快ではなく、不安だった。
日を置いてしばらく考え、もう一度今度は最後まで観たのだが、やはり一度目の時と同じ不安感を覚えた映画だった。
僕がスプラッタ映画を好きだと言っても、そこには結局フィクションだという安心感があったのだ。
人には勧めないが、観たいという人は止めない。
だけど鑑賞中・もしくは鑑賞後にもしも不安な気持ちになったとしても、責任は取れない。そんな映画だと思った。
ルドルフ

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