辺獄インフェルノ

世界の怖い事件をまとめています

🌍 世界の片隅で起きた、真実の記録。
遠い国の出来事のようでいて、今を生きる僕たちにも通じる――
このブログでは、実際に起きた事件や人間のドラマを
静かに、丁寧に語り継いでいきます。

レイモンド・モリス

狂気のカメラマン

幼い少女を狙う異常な欲望

 

 

 あなたの幼少時代、周りに変な大人はいませんでしたか?

 周囲の人々に親切で、子供達を愛し、仕事に励み、モノマネが好きというユーモアの持ち主――。

 誰もが慕っていた、優しくて面白い好青年。

 しかしその男、裏ではとんでもないことをしでかしていた。

 この事件が発覚したのは1967年のイングランド。

 ハンサムで有能なカメラマンとして活躍していた男、レイモンド・モリス。

 周囲から信頼されていたこの男の正体はなんと――子供達を強姦する性的異常者だったのだ。

 

 

 1968年11月4日。

 イングランド中部、ウォルソールの街。

 この街で突然、10歳の女の子マーガレット・オールトンの誘拐未遂事件が起こった。

荒地で焚き火に木をくべていたマーガレットに、知らない男が声をかけ連れ去ろうとしたのである。

 男は自分の車までマーガレットを連れて行ったが、助手席のガラスには新聞紙が貼られ、厳重に目張りがされている。

 幼心に不安を覚えたマーガレットが乗車するのを嫌がると、男は強引に彼女を車の中へ押し込もうとした。

 嫌がる少女を押さえていた男だが――次の瞬間、向かい側の通りにある飲食店から出てきた18歳の女性と目が合い、これはまずいと思ったのかすぐさま車に乗って逃亡。

 マーガレットは間一髪のところで誘拐されずに済んだのである。

 目撃した18歳の女性は男の乗った車のナンバーを記憶しており、あえなく男は逮捕された。

 男の名前はレイモンド・モリス、当時29歳。

 この誘拐未遂事件が起こる2年前、別の少女へのイタズラで書類送検されていた男だった。

 

 

◆愛される好青年

 レイモンド・レスリー・モリス

 1929年8月13日

 イングランド中部、スタッフォードシャー州ウォルソールの生まれ。

(※現在はウェスト・ミッドランズ郡の一部)

 いわゆるシリアルキラーの生い立ちにあるような「親からの虐待」を受けることなく、 また「動物虐待」などをすることもなく、ごく普通の人生を歩んでいた。

 顔立ちも良く気さくで、カメラマンとしての仕事も順調。仕事仲間やクライアントからも信頼されていた。

 またモノマネが得意だったレイモンドはユーモアもあり、他にも詩を書いたり人形を作ったりと色々な才能を持っていたようだ。

 

 1951年、レイモンド22歳。

 彼はこの年、2つ年下の女性・ムリエルと結婚した。

 2人の子宝にも恵まれたのだが、妻ムリエルは少しずつ夫レイモンドの異常さに気付かされることとなる。

 ある時レイモンドはムリエルに対し、「1日中裸でいろ」と命令をした。

 ムリエルが服を脱ぐのをためらっていると、突如レイモンドは豹変し暴力をふるい始めたのである。

 またレイモンドは得意のモノマネを生かし、有名俳優になりきりながら妻を気まぐれに強姦した。

 レイモンドは設定を細部まで決めてから妻を全裸にし、俳優になりきってイメージプレイをするという、妻からしてみれば非常に理解不能なプレイを好んでいたのだ。

 従わなければ暴力をふるわれるため、妻ムリエルは徐々に疲弊していった。

 外ヅラが良くご近所からも信頼されていたレイモンド。

 しかし家庭内ではすぐカッとなり、暴力的なセックスで完全に妻を支配していたのだ。妻はじっと耐えるしかなく、その生活は10年も続いた。

 

 1963年。

 とうとう我慢の限界を迎えた妻はレイモンドと離婚し、子供達を連れて家を出て行った。

 当然ながら父親であるレイモンドは、裁判で子供達の養育費の支払いを命じられていた。

 だがこの男は離婚した妻に対しこう言った。

「お前が俺とヤらないなら、養育費は払わない」

 つまりレイモンドは、養育費という名の金で妻の体を買っていたのである。

 10年以上も夫の異常性にさらされてきたムリエルはこの脅しに屈してしまい、離婚後も元夫との肉体関係を続けていたという。

 

 1964年、レイモンド35歳。

 ムリエルと離婚してから約1年後、レイモンドは14歳年下で21歳の女性・キャロルと再婚した。

 キャロルはレイモンドを心から愛し信頼しており、前の妻には耐えられなかった暴力的なイメージプレイにも一緒になって没頭していた。

 若く美しく、自分の好きなプレイにもノッてくれる妻・キャロル。

 レイモンドの生涯のパートナーが決まったかと思いきや、その頃からレイモンドの心にはまた別の――今度はもっと恐ろしい一面が宿り始めたのである。

 レイモンドはキャロルだけでは満足できなくなったのだ。

 ならば浮気でもしたのかと思えば、そうではない。浮気の方がずっとマシだった。

 

 レイモンドは、幼い女の子を無理矢理乱暴してやりたいと考えるようになったのだ。

 

 

◆悪魔の被害者たち

 1968年8月。

 レイモンドはキャロルの姪である5歳の少女に対し、「写真を撮ってあげる」など言葉巧みに誘い出した。

 自宅スタジオに少女を連れ込んだレイモンドは彼女を何枚か撮影し、その後で裸になるよう命令。そうして言われるまま服を脱いだ少女に襲い掛かり、欲望のまま乱暴したのだ。

 その途中の写真も撮影して保存し、後で見返して悦に浸っていたという。

 乱暴された少女はそのまま帰されたが、彼女は幼過ぎて自分が何をされたのか理解できていなかった。そのため誰にも話せず、この件は明るみにならなかったのである。

 

 姪の件より4年前、1964年12月2日の午後9時。

 9歳の少女 ジュリア・テイラー。

 レイモンドは彼女に「自分はお母さんの友人だ」と言って誘い出し、山奥へと連れて行った。

 そこで少女を乱暴し、事が済んだ後にあろうことか首を絞めたのだ。

 ジュリアの息が止まったと思ったレイモンドは、更に彼女の体を車から溝へと放り込んで去ったのである。まさに鬼畜の所業としか言えない。

 ジュリアは大怪我を負ったが意識を取り戻しており、土砂降りの雨の中1時間近くその場で泣いていた。

 そして奇跡的にも、自転車で通りかかった男性に助けられたのだ。

 男性は雨の中ジュリアのすすり泣く声を聞き、自転車を止めて彼女を探し、次に通った車を停めすぐさま病院へと連れて行った。

 もしも男性が通らなかったら、ジュリアは誰にも気付かれず命を失っていた可能性が高かったという。

 助け出されたジュリアだが、彼女はレイモンドのことや彼が乗っていた車のことなどを殆ど覚えていなかった。

 しかしジュリアが連れ去られる瞬間を目撃したという人物がいた。

 その人は不審者の車の特徴を、2色のペンキで塗られており後部に小さなフィンがあり、フロントガラスの端に小さなランプが取り付けられた大型車であると証言。

 警察は懸命に捜査をしたが、車両は発見されなかった。

 

 1965 年9月8日、午後。

 6歳の少女 マーガレット・レイノルズ。

 マーガレットは自宅から小学校までの道を歩いていたところ、忽然と姿を消した。

 娘が家に帰らないことを心配した両親が学校に連絡すると、マーガレットが午後の授業に出席していないと言われた。

 学校側はマーガレットが昼休みになって家に昼食をとりにいったまま、午後は休んだと思っていたのだ。

 確かにマーガレットは昼食時、家に戻っていた。

 彼女の姉がその姿を見ていたのだが、それがマーガレットを見た最後の姿となったのだった。

 両親はすぐに通報し、娘の捜索を依頼した。

 そうして160人の警察が動員され、実に25000人以上に聞き込みを行なった。

 中にはマーガレットの誘拐現場で、「数カ月前にも車に乗った白人男性がいて、幼い少女達を車に誘おうとしているところを目撃した」という人もいた。

 マーガレットの写真入りポスターを200枚刷って各地に配り回ったが、残念ながらマーガレットが発見されることはなかった。

 

 マーガレットの誘拐から3ヵ月後、12月30日。

 5歳の少女 ダイアナ・ティフトが、自宅近くの通りから忽然と姿を消した。

 両親はその日の午後7時に捜索願を出し、ダイアナの捜索に約2000人が参加した。

 地元の議員もダイアナの無事を願い、彼女を見つけた人に報奨金を出すと宣言したほどだった。

 

 年が明けて、1966年1月2日。

 これまでにウェストミッドランズの地域全体から500人以上の警官が捜索に乗り出した。

 6000を越える家や家の庭、池や貯水池、工場やその倉庫を捜索したが、ダイアナ発見には繋がらなかった。

 

 しかしその年の1月12日、ダイアナの遺体が発見された。

 彼女は普段滅多に使用されない農道の茂みの中に遺棄されており、偶然ウサギ狩りをしていた男性が発見したのである。

 調べてみると、レイプされた後に鼻と口を塞がれて窒息させられたということが判明した。自転車の男性に助けられたジュリアの時と同じ手口である。

 またそのすぐ近くには、マーガレットの遺体も遺棄されていた。

 マーガレットの遺体は腐敗が酷く、死因を特定することはできなかった。

 

 翌年1967年8月19日、午後2時半。

 7歳の少女 クリスティン・ダービーが自宅近くで友達と遊んでいたところ、灰色の車に乗った男・レイモンドがやってきた。

 レイモンドはクリスティン達に道を尋ね、少女たちが指で道を示すと、「ちょっとよく分からない」と言ってクリスティンに車に乗ってナビするよう頼んだ。

 家に車がなかったクリスティンは、物珍しさからレイモンドの車に乗ってしまう。

 レイモンドは彼女を乗せるとすぐさま車を出してその場を去った。

 残されたクリスティンの友人達は慌ててクリスティンの家に駆け込み、母親に「クリスティンが誘拐された」と訴えた。

 当然母親はすぐに通報。近隣の主要道路全てに検問やバリケードを設置するなどの対策がなされた。

 クリスティンの友人達は、男は白人、30代半ば、髭は剃っているなどの特徴を警察に説明。

 白いシャツで灰色の車、また話す言葉に地元の訛りがあったとも証言した。

 

 しかし3日後、8月22日。

 林道の中で下半身を脱がされたクリスティンの遺体が発見された。

 遺体は膝を曲げて脚を開いた状態となっており、口から舌を出し、体の下には血液も付着していた。

 一目で、この場で乱暴され窒息させられたと分かる状態だった。

 クリスティンの遺体発見場所は、マーガレットやダイアナの遺体が見つかった場所からかなり近い場所だった。

 

 

◆鬼畜男の逮捕

 冒頭の少女マーガレット・オールトン誘拐未遂事件が起こり、翌日、車のナンバーから警察はすぐにレイモンドの元を訪れた。

 警察はまず誘拐未遂の件でレイモンドを逮捕。

 しかし車のナンバーを記憶していた女性が面通しでレイモンドの顔を指すことができず、レイモンドは釈放されてしまう。

 

 ところが10日後の11月15日、レイモンドは再び逮捕された。

 命が助かったジュリアの誘拐現場を目撃した人がいた、というのを覚えているだろうか?

 目撃者が言う特徴とまったく同じ車を、以前レイモンドが所持していたことが判明したのだ。

 同時にレイモンドの妻・キャロルも警察に呼ばれたが、彼女は夫の無実を信じ警察が提示する日時には「夫にアリバイがある」と言い続けた。

 しかしながらレイモンドの家の捜査を行なったところ、被害者の暴行されている最中の写真が次々出てきたのである。

 その中には、キャロルの姪である5歳の少女が乱暴されている写真もあった。

 それを見た妻のキャロルは大激怒、二度とレイモンドのアリバイなど口にしなかった。

 

 裁判の結果、レイモンド・レスリー・モリスには終身刑の判決がくだされた。

 そうして2014年3月11日、獄中で亡くなった。

 享年84、自然死だった。

 

 

 ★

 

 

 何の罪もない子供達に己の欲望をぶつけ続けた男、レイモンド・モリス。

 日本でも子供が犠牲になる性犯罪は起きており、いつの時代になっても完璧に安全とは言えない世の中である。

 しかし例えば、ジュリアを救出した自転車の男性。

 彼のように小さな声を聞き漏らさず、適切に対処できる人がいるというのも事実である。

 車のナンバーなどは、最後の1ケタ2ケタだけでも有力な手掛かりになるそうだ。

 もしも目の前で突然何かが起こった時、怪しい人物の特徴や車種やナンバーなどを正確に記憶できるよう常に冷静でありたいと思う。

 

ルドルフ          

 

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