妄想と現実
不良達を率いる若きカリスマ

あなたの両親は、どんなことを教えてくれましたか?
勉強や遊び、心の在り方、忘れてはいけない歴史――学校では教えてもらえない様々なことをたくさん教わったという方もいるだろう。
一般的に、親は子供に正しいことを教えるべきである。
この事件が起きたのは1989年のメキシコ。
行方不明になっていた男性の捜索をした所、警察は怪しげな集団を発見。
凄まじい悪臭を放つ納屋の中、集団はヘラヘラ笑いながら警官を挑発。
「俺達を逮捕なんかできねえよ。
俺達はな、偉大な魔法で守られてるんだ」
警官が納屋の鍋を見ると、何とそこには――行方不明の男性が煮込まれていたのだった。
1989年4月9日。
メキシコ、マタモロスの町。
この日、メキシコの麻薬捜査官が不審なトラックを発見した。
メキシコでは20世紀の初頭から麻薬絡みの犯罪が急激に増加しており、2023年現在も組織同士の争いが続いているという。
トラックから組織の匂いを感じた捜査官が追跡を行なうと、やがてアジトと思わしき農場へ辿り着いた。
農場は広いが荒れており、経営されている様子もない。
トラックを停めた者達は、そんな農場の敷地内に設置されている古い納屋に入って行ったようだ。
捜査官が踏み込むと、予想通り納屋の中からは大量の麻薬が発見された。
しかし、驚いたのはそれだけではなかった。
物凄い悪臭が漂う納屋の一角には奇妙な祭壇が構えてあり、その前には大きな鍋が置かれてあったのだ。
悪臭は、どうやらその鍋から放たれているらしい。
捜査官が鍋の中を見ると、なんとそこには、人間の脳が入っていた。
捜査官がハッとして振り返ると、そこにはトラックに乗っていた者を含めた4人の若者がいた。しかし誰もが平然としていて、中には笑っている者もいる。
「お前ら、これはどういうことだ? 説明しろ!」
捜査官たちは銃を構えて怒鳴ったが、4人は慌てた様子もなく笑っている。
「あんたらには俺達を捕まえられねえよ。何たって俺達は、『魔法のシールド』に守られてるからな。銃弾なんか跳ね返すさ、逮捕できるものならしてみるといい」
捜査官たちはゴクリと唾を飲み込んだ。
――何なんだこいつらは? ハイになっているだけなのか、それとも……。
「奴らを取り押さえろ!」
「無駄だって言ってるだろ、……あれ?」
当然魔法のシールドなど存在するはずもなく、4人はあっさり逮捕された。
のちに分かったことだが鍋で煮られていた脳は、約1ヵ月前に行方不明となっていたアメリカ人大学生、マーク・キルロイのものだった。
しかもマークだけではなく、納屋の裏の地面からは実に15人の遺体が出てきたのである。
そうして逮捕した4人の取り調べを行なったところ、警察はこの事件の恐ろしく深い闇を知ることとなる。
まず若者達は、この9ヵ月で14人も手にかけたというのだ。
しかもそれは強盗目的や敵対グループへの見せしめなどではなく、「自分達が行なっていた麻薬取引が上手くいきますように」という願掛けのための生贄にしていたというのである。
とても理解できるものではないが、彼らはそれが真実だと語った。
一体なぜそんなことを?
「すべてはリーダーが決めたことだ」
「リーダーだと。誰だそいつは?」
「アドルフォだよ、アドルフォ・コンスタンツォ。本物の魔術が使える俺達のリーダーさ」
◆アドルフォという青年
アドルフォ・コンスタンツォ。
1962年11月1日。
アメリカ、フロリダ州マイアミの生まれ。
アドルフォの母親はキューバ系難民であり、15歳の時に彼を産んだ。
母親はパロ・マヨンベという宗教を崇拝しており、魔術を扱う仕事をしながら殆ど女手一つでアドルフォを育てていた。
パロ・マヨンベとは、ブードゥー教を基盤としながら悪魔崇拝や魔女信仰なども取り入れている、とにかく一目でヤバいものだと分かる邪教である。
そんな母親の意向により、アドルフォは生後半年でパロ・マヨンベの司祭から洗礼を受けていた。
母親はアドルフォが特別な子だと信じていた。
そうして、母親による「教育」が始まったのである。
アドルフォは幼い頃から母親の命令で小動物を酷い方法であやめたり、禍々しい魔術を学んだりと、およそ普通の子供が教わらないようなことを徹底的に教育された。
良心の呵責を持ってはならない――教育の際、母はアドルフォに何度もそう言い聞かせていたという。
やがて母親は1人の男性と再婚したのだが、母が選んだ男というからにはこの男もオカルト的な信仰心を持つ人間だった。
アドルフォは母親と新しい父親の2人から黒魔術の教育を受けるようになり、逃れられない暗黒の世界へとますます身を投じることとなる。
その頃にはすっかりアドルフォもパロ・マヨンベを信仰するようになっており、やがては黒魔術の儀式を実践しようと考えるようになっていた。
儀式に必要な生贄を入手するため墓荒らしをする他、アドルフォはとても手癖が悪く 盗みなどの犯罪も頻繁にしていた。しかもそれには母親も加担していたという。
そうして1983年。
アドルフォは21歳で悪魔と正式な契約を交わし、パロ・マヨンベの司祭となった。恐ろしいことに 母親の夢は叶ってしまったのである。
翌年の1984年にはアメリカからメキシコのマタモロスという町に渡り、アドルフォはそこで麻薬ビジネスに手を出すようになった。
取引の際には必ず、母や司祭から教わった魔術の儀式を行なっていたという。アドルフォは儀式こそが取引やビジネスの成功に繋がると信じていたのだ。
そうして実際に数々の取引が上手くいったため、それを見ていた若者達が次々とアドルフォの不思議な力を信じるようになっていったのである。
アドルフォの信者は日に日に増えてゆき、数年後には有名ミュージシャンや警察官なども彼の配下に加わっていたという。
もはや20代で悪のカリスマとなっていたアドルフォは、人々からこう呼ばれるようになった。
マタモロスのゴッドファーザー。
◆恐怖の集団
アメリカとの国境近くの町、マタモロス。
麻薬ビジネスを広げると共に、アドルフォをリーダーとしたカルトが設立され――アドルフォ・コンスタンツォは「マタモロスのゴッドファーザー」と呼ばれるようになった。
彼らの拠点は牧場に置かれ、そこで夜な夜な恐ろしい黒魔術の儀式が行なわれたのだ。
始めは小動物を生贄としていたが、当然ながらアドルフォはそれでは満足できなかった。
そうしてアドルフォは「大きな取引をする際には人間の生贄が必要である」と信者に説き始めたのである。
アドルフォを信じ切っていた信者達は彼の言う通り次々と人間を誘拐し、農場に連れてこられた被害者たちの命はアドルフォが奪っていった。
そして被害者は解体され、その体の一部が儀式の生贄として捧げられたという。
この農場では何度も繰り返し、このような恐ろしい血の儀式が行なわれていたのである。
またアドルフォは、犠牲となった生贄の脳を食べることによって「犠牲者の知識を自身に取り込める」と言い放っていたという。
およそ人間のすることとは思えない犯罪に加担していた信者たちは、一体アドルフォに何を求めていたのだろうか?
教団には、アドルフォ自らがナンバー2として認めた女性信者がいた。
彼女の名前は、サラ・アルドレーテ。
サラはアドルフォより2つ年下で、ごく普通の家庭で育った一般教養のある女性だった。背が高く成績優秀で顔立ちも美しかったサラは、同級生からも人気者だったという。
体育の教師になることを夢見て大学に行く予定だったが、この時期に不運にもアドルフォと出会ってしまう。そしてどういうわけか、アドルフォの悪魔的な思想に魅了されてしまったのだ。
サラは積極的にアドルフォをフォローし、やがては教団のナンバー2となった。
アドルフォがゴッドファーザーと呼ばれていたのに対し、サラはゴッドマザーと呼ばれるようになったのである。
普通の女性が、なぜこの男の虜となってしまったのか。
皆さんの記憶にもあるであろう日本のカルト宗教「オウム真理教」。
そこでも幹部信者の多くは頭が良く、有名大学に通う者もいたという話は有名である。
もちろん教祖の口が上手いという理由もあるのだろうが、調べてみると「成績優秀者がカルトにハマる」という話は意外と多い。
アドルフォはこうして信者達を着々と増やしていた。
またアドルフォはバイセクシュアルだったため、サラはもちろん教団内の男性の愛人とも関係を持っていたという。
そうして麻薬と儀式と肉欲にまみれた農場の納屋では、彼らの犠牲となった人達が鍋で煮込まれていたのだった。
◆マーク・キルロイの事件
1989年3月14日の深夜。
マタモロスの町で、マーク・キルロイという21歳のアメリカ人男性が行方不明になった。
マークは友達とカーニバルの見物をしていたのだが、友達の証言によれば「いつの間にか忽然と姿を消していた」という。
朝になっても行方が分からず、マークの両親はすぐさま警察に通報した。
実はマークが行方不明になる前日、アドルフォはこんなことを信者に言っていた。
「大学生の脳を食べれば、俺達の知性もレベルアップする」
そしていつのもように信者達が奔走し、マークは偶然彼らの標的となってしまったのである。
農場に連れてこられたマークはアドルフォに命を奪われ、脳を取られてしまった。
しかしこの事件がきっかけで、教団は崩れてゆくのである。
実は犠牲者マークの両親は、政府とも繋がりのある有力者だった。そのためアメリカ政府はメキシコ政府に対し、マークの件について強い圧力をかけたのだ。メキシコ警察は何としてでもマークを発見しなければならなかった。
そうして冒頭のシーンに繋がるのだが、捜査官が遺体となったマークを発見したのはもちろん偶然だった。
マークを発見したことにより他の犠牲者の遺体も次々と見つかり、納屋にいた4人の信者も逮捕された。
しかしこの時、彼らのリーダーであるコンスタンツォとゴッドマザーのサラを含む何人かの信者は、既に農場から逃亡していたのだった。
◆教団の最後
1989年5月6日――農場の納屋でマークの遺体が発見されてから約1カ月後。
警察はメキシコシティにあるアドルフォの隠れ家アパートをつきとめ、ただちにアドルフォ逮捕へと向かった。
しかしアドルフォは隠れ家の中から警官に向けて発砲。次々と応援が呼ばれ、結果的に200人近くの警官が隠れ家を包囲したという。
アドルフォとサラ、そして残っていた2人の信者。
銃撃戦は40分以上も続いたが、相手は約200人の武装した警官である。どちらに軍配が上がるかは誰の目から見ても明らかだった。
アドルフォももちろんそれを理解していた。
「俺達は魔法のシールドに守られていて、銃弾など跳ね返してしまう」
日頃から信者に説いていたそれが嘘であったことを、誰よりもアドルフォ本人が理解していた。
もはやこれまでと察したアドルフォは、残っていた信者にこう言った。
「俺を撃て」
アドルフォ・コンスタンツォは不死身の男――信者は最後までアドルフォを信じ、引き金を引いたのだった。
リーダーが倒れた後の教団は戦う意思をなくし、踏み込んできた警官達に呆気なく取り押さえられた。
この銃撃戦で命を失ったのは、アドルフォの愛人だった男性信者1名と、アドルフォ・コンスタンツォ本人の計2名。
サラと残りの信者、そしてその場にはいなかった12名の信者達も逮捕され、麻薬犯罪や武器の不法所持、そして殺人罪などいくつもの罪で起訴された。
懲役30年の判決を受けたサラはメキシコで服役したのち、次はアメリカで起訴されることが決まったという。そのため現在は、アメリカの刑務所で服役中と思われる。
★
幼い頃からの母の教育で、異常な思考を持つようになってしまったアドルフォ・コンスタンツォ。
彼の生い立ちには同情する部分もあるが、行なったことは当然許されるべきことではない。
人間を生贄にする儀式など現代でありえるのかと思ってしまうが、この事件が起こったのは34年前と、決して大昔の出来事ではないのだ。
どんなにその人物の言葉が魅力的だったとしても 無条件に信じるのではなく、一度冷静になって自分の頭で考える必要がある。
人間を使った生贄の儀式など絶対にする必要のないことだし、銃弾を跳ね返す不死身の人間もこの世には存在しないのだから。
ルドルフ

本事件を動画で見たい方はこちら
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