恐怖の酒場
失踪女性と5頭のワニ達

動物園の人気者といえばゾウさん、キリン、そしてライオン。
水族館の愛されキャラはペンギン、シャチ、イルカくん。
それでは爬虫類園のスターといえばケロケロ、スネイク、アリゲーター。
全ての動物達は地球の財産で、決して犯罪の共犯者にするべきものではない。
この事件が発覚したのは、1938年のアメリカ。
とある男が経営していた酒場にて、ウエイトレスが失踪した。
「彼氏と駆け落ちでもしたんだろう、よくある話だよ」
店主の男はそう言って肩を竦めたが、警察は店主を疑っていた。
なぜなら客達の間では、こんな噂がたっていたからだ。
「きっと店主があの娘を、店で飼ってるワニに食わせたのさ」
1938年9月24日。
アメリカ、テキサス州 エルメンドルフ。
この町の酒場ソーシャブル・インにて、驚くべき事件が起こった。
実はここ最近町で女性の失踪事件が続いており、それについて「何か事情を知っているのでは」と思われた酒場の店主の元へ、保安官の男性2名が話を聞きにやって来たのだ。
店主の男は明らかに挙動不審だった。
怪しいと踏んだ保安官が更にきつく質問すると、店主は唐突にレジカウンターの方へと歩き出し、「No sale」というボタンを押してレジを開けた。
レジの引き出しにあったのは、1丁のリボルバーだった。
「おい、何をするつもりだ」
保安官は慌てて止めようとしたが、遅かった。
店主の男は抜いたリボルバーを自身の頭にあて、引き金を引いたのである。
1発の銃声が店内に響く。
保安官の目の前で男は倒れ、絶命した。
男の名前はジョセフ・D・ボール。通称ジョー・ボール。
連続して起きていた女性失踪事件に関与していると思われたジョー・ボール。
実はこの男、女性達を殺めては――遺体をワニに食わせていたのである。
◆アリゲーター・ジョー
ジョセフ・D・ボール。
1896年1月7日
アメリカ、テキサス州ベア郡 エルメンドルフの生まれ。
ジョセフはエルメンドルフでも1番裕福な家に生まれた。
父親であるフランク・ボールは農場の売買をしたり雑貨屋を開いたりしており、かなりの商才があったと言われている。
ジョセフは8人兄弟の次男として生まれたが、子供達の多くが父親の才能を継ぎ、のちに食料品店を出したり学校の理事になったりと皆優秀だったそうだ。
ジョセフ・ボールも商売に関しては優秀な男だった。
1917年になるとジョセフは陸軍に入隊し、第一次世界大戦で戦った。
翌年1918年11月11日、第一次世界大戦終戦。
2年後1919年には名誉除隊を受け、エルメンドルフに帰郷。この時ジョセフは23歳だった。
故郷に戻ったジョセフは、何か仕事を始めようと考えた。
そうしてひらめいたのは、密造酒を売ること。
1920年1月17日に施行された禁酒法は、ざっくり言えば「酒は飲んでもいいが購入してはならない」という法律である。
アルコール依存やそれによる暴力などのトラブルを減らす――という目的で禁酒法が始まったのだが、酒を飲む殆どの人達にはそこまでの影響はなかったようだ。
なぜならジョセフのようにアメリカの田舎町では、密造酒の販売をする人間がいたからである。
もちろんジョセフの行なったことは違法だが、酒を買う客……特に富裕層の客が多かったため、それなりの利益を出していたという。
ちなみに、大っぴらに店を構えて売っていた訳ではない。
ジョセフは車に大きな樽を乗せて辺りを走り回り、希望する人達にこっそりとウイスキーを売っていた。
この頃、ジョセフの元でクリフォードという黒人青年が働いていた。
クリフォードはジョセフに言われて、主に力仕事や汚い仕事を請け負っていた。
彼らを知る人々によると、クリフォードはジョセフに対してビクビクしながら働いていたらしい。
実をいえば、町の人々のジョセフに対する印象はあまり良いものではなかった。
のちの住民へのインタビューで判明したことだが、ジョセフは意地の悪い性格で、特に黒人の人達への態度はとても酷かったという。その当時子供だった人達は、ジョセフのことを怖いと思っていたそうだ。
ともあれそうして密造酒の販売で稼いでいたジョセフだが、1933年に禁酒法は廃止となった。
密造酒の価値がなくなったため、ジョセフは新たな仕事をする必要があった。
次にひらめいたのは、酒場の経営である。
地元エルメンドルフに開かれた酒場「ソーシャブル・イン」。
店の奥にはベッドルームが2つ、バーカウンター、ピアノ、個室なども作り、酒場は地元の人々で毎夜賑わうようになった。
ちなみに密造酒販売を手伝っていたクリフォードは、引き続きジョセフの酒場で働いている。
店の人気を出すため、ジョセフは2つのアイディアを生み出した。
1つ目は、美人な女性を雇うこと。
ジョセフは客を繋ぐため、ウエイトレスやダンサーに美女たちを集めたのである。
当時は大恐慌の真っ只中――時代の煽りを受けて、仕事をしたい女性は大勢いたのだ。
そしてアイディアの2つ目は、店でワニを飼うこと。
ジョセフは近場の水辺から5頭のワニを捕まえてきて、酒場の裏手に作ったコンクリート製のプールの中に放した。
この2つのアイディアは大いに客を喜ばせ、ジョセフの酒場はますます繁盛していった。
そうしてジョセフはワニの餌やりショーとして、客達の前で犬や猫を生きたままプールに投げ込んでいたという。これを見るのは有料だったが、客には好評だったそうだ。
酒場の知名度が上がると共に、ジョセフは客達からこう呼ばれるようになった。
アリゲーターマン。
アリゲーター・ジョー。
◆女性達の失踪
しばらくしてジョセフの周りで、数名の女性が行方不明になるという事態が起こった。
酒場スタッフ、バーテンダー、彼の元妻など――いずれもジョセフと何等かの関係を持っていた女性達である。
特に元妻に関しては、3度結婚して、そのうち2人が行方不明になっている。
いなくなった店の女性達とジョセフの関係は、大体こんな感じだった。
1934年頃。ジョセフは ミニー・ゴットハルトという女性スタッフと恋仲になっていた。
ミニーはクリフォードと共に店の切り盛りを手伝っており、酔っ払い客にも物怖じせずハッキリ意見が言えるような女性だった。
そんなミニーと付き合っている最中、ジョセフは新しく雇ったバーテンダーのドロレスとも関係を持つようになった。
ジョセフは大酒飲みで女好き、おまけに気に入らないと女性相手でも手をあげるような男だった。
ジョセフはドロレスに向かってボトルを投げつけ、彼女の顔に傷を作ったこともある。それでもドロレスはジョセフを慕い続けたというから、恐らくは彼女にしか分からない魅力があったのかもしれない。
そんなドロレスを、ミニーはあまり好いていなかったようだ。
また新人ウエイトレスのヘイゼルにもジョセフは夢中になった。
ヘイゼルは22歳という若さで容姿も美しく、ジョセフと同年かそれ以上の年齢だったミニーやドロレスとは違う魅力に溢れていた。
やがて、ミニーが行方不明になった。
ジョセフは周囲の人に対し、「彼女は妊娠して入院中だ」と嘯いていた。
その後、ウエイトレスのジュリアが行方不明になった。
ジョセフは周囲の人に対し、「彼女は別の女性スタッフと口論になって店を辞めた」と言った。
その後すぐ、2人の女性が行方不明になった。
その夏にジョセフはドロレスと結婚し、彼女にだけは秘密を打ち明けたという。
「ミニーは、俺が手にかけて消したのだ」と。
そしてその後まもなく、ドロレスが行方不明になった。
ドロレスはいなくなる前、仲の良かった新人ヘイゼルに、ジョセフの悪事を漏らしていた。
そうしてヘイゼルもまた、ある時から姿を消したのである。
保安官事務所がジョセフの店で働いていた従業員のリストをまとめたところ、12人以上が行方不明になっていることが判明。
その中にはジョセフの元妻だった2人の女性も含まれていた。
ヘイゼルが行方不明になってから、客達はこんな噂を囁き合っていた。
「もしかしてジョーの奴、店のワニに彼女達を食わせたんじゃないか?」
というのも以前、近隣住民がジョセフに苦情を言ったことがあったのだ。
「店の周辺から腐った肉のような臭いがして迷惑だ」と。
するとジョセフはその人物に銃をつきつけ、「これはワニの餌で必要な物な物なんだ」とすごんだのだという。
そんな荒々しい性格をしていたジョセフだったため、町の住人の中には本気でジョセフを疑っている人もいたようだ。
店に通う客はあくまでも冗談ぽく、一種のネタとしてジョセフに言った。
「おい、ジョー。消えた彼女たち、お前さんのワニが食っちまったんじゃないかい?」
ジョセフもまた 笑ってそれに返した。
「そんなわけがあるかい! 面白い冗談だなぁ」
――冗談でも何でもなかった。
事実、女性達はこの時点で、5頭のワニの胃袋に収まっていたのである。
◆ジョーの最期
1938年9月23日。
22歳の美人ウエイトレス、ヘイゼル・ブラウンが失踪してまもなく。
副保安官の元に、住民からこんな情報が入った。
「うちの妹の納屋をジョー・ボールが使っていたんだが、置いてあった樽から物凄い悪臭がするし、ハエもたかっている」
副保安官はジョセフの周りで女性達が次々消えていることを知っていたため、翌日すぐに同僚と納屋へ向かった。
しかし問題の樽は、既になくなっている。
副保安官達はそのままジョセフの店へ行って事情聴取をしたが、ジョセフはしらを切り通した。
再び納屋へ戻り、タレコミをした住人の妹から「確かに樽があった」という話を聞いた。
その証言で充分と判断した副保安官は、翌日の9月24日、改めてジョセフを尋問することにしたのだった。
そうして話は冒頭に戻る。
2人の保安官に詰め寄られたジョセフは、「任意同行はするが、少しだけビールを飲んでから店を閉めてもいいか」と訊ねた。
保安官はそれを許可。
するとジョセフはゆっくりとビールを何口か飲み、レジカウンターへ回ってレジを開けた。
そうしてレジの引き出しに入れていた銃を取り出し、自分の頭に向けて引き金を引いたのである。
◆判明した事実
ジョセフが亡くなったため、事件は未解決のまま終わるかと思われた。
しかし店の手伝いをしていた黒人青年のクリフォードが、思わぬ自供をしたのである。
「自分はジョーに言われて、女性をバラす手伝いをしていた。ミニーを手にかけた場面もこの目で見たし、証拠隠滅を手伝わされた」
ミニーはある場所に埋められたが、ジョーはバラした女性達を、確かにワニのいるプールに投げ込んでいた。
またクリフォードの証言によって、ヘイゼル・ブラウンの最期の様子が判明した。
ジョセフと一度は関係を持っていたヘイゼルだが、彼女は別の男の元へ行こうとしていた。
それを許さなかったジョセフと口論になった際、ヘイゼルは以前ドロレスから聞いていた「ミニー失踪の真相を警察に密告する」と言った。――それが理由で、ヘイゼルは命を奪われてしまったのだ。
また他の女性同様、失踪したと思われた元妻のドロレスが、サンディエゴで発見された。彼女はジョセフの狂気に怯え、逃げ出していたのである。
彼女の証言もまたジョセフの犯行を裏付けることとなった。
ジョセフから聞いたミニーを手にかけた時の状況が、クリフォードの自供と一致していたのだ。
のちに酒場からは、凶器と思われる斧やノコギリなどが発見された。
こうして一連の事件は幕を閉じたが、犠牲となった人達の正確な人数は最後まで分からなかった。
少なくとも5人、もしかしたら14人以上とも言われている。
5頭のワニ達は処分されることはなく、サンディエゴの動物園に引き取られ、二度と人を食べることはなかった。
★
身勝手な理由で、女性達を次々手にかけていたジョー・ボール。
実はこの話は、長い間地元の都市伝説のような扱いをされていた。
当時から事件に関する資料が少ない上に内容が衝撃的すぎたため、噂だけが先行して、「アリゲーター・ジョーが実在していたのかどうか」が分からなかったのだ。
2002年――新聞編集者のマイケル・ホール氏が綿密な取材を行なったため、こうして事件の詳細が判明したというわけである。
とはいえ、行方不明のまま消息が分からない方達も多い。
本当に恐ろしい事件だと思う。
ルドルフ

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