ルールのカニバル
狂気に満ちたアパートの住人

もしもあなたの隣人が、狂気に満ちた怪物だったら……
ご近所に住む穏やかなおじさんが、実は恐ろしい秘密を抱えている可能性を考えたことがあるだろうか?
この事件が始まったのは1955年のドイツ。
一見すると誰にでも優しい普通の男が、社会の目を盗み神をも恐れぬ行為を繰り返していた。
静かな街を震撼させた「ルールのカニバル」と呼ばれた男、ヨアヒム・クロル。
彼は被害者の一部を冷蔵庫に保管しこう言った。
「人を食べるのは、食費を浮かせるためだよ」
1976年7月3日
西ドイツのルール地方 ノルトライン=ヴェストファーレン州
この日、あるアパートの住人である男が逮捕された。
男の名前は、ヨアヒム・クロル。
男はアパートの隣人に こんなことを言っていた。
「最上階のトイレにははらわたが詰まっている。だから使ったら駄目だよ」
驚いた隣人が警察にこのことを話し、かくしてクロルは逮捕されることとなった。
なんとこの男、過去20年に渡って続いた連続殺人事件の犯人だったのである。
しかも警察がクロルの部屋に踏み込んだ時、キッチンでは人の手が煮込まれていた。

◆ヨアヒム・クロルの生い立ち
ヨアヒム・クロル
1933年4月17日
ドイツ、ヒンデンブルクの生まれ
当時のドイツ領オーバーシュレージエン、現在のポーランドにあたる鉱山の町ヒンデンブルク。
クロルは、8人兄弟の末っ子として貧しい鉱夫の家族に生を受けた。
その幼少期は決して恵まれたものではなかった。
クロルは生まれつき体が弱く、頻繁に病に苦しんでいた。
鉱夫であった父親は長時間の労働に追われ、家族との時間を持つ余裕はなかった。
母親も家計を支えるために日々苦労しており、クロルが充分な愛情を受けることは難しかった。
学校に通うようになってもクロルの苦悩は続いた。
クロルは学業においてもつまずきがちで、周囲の子どもたちが理解できることを彼はなかなか理解できなかった。
というのもクロルは知的障害を持っており、のちにIQは76と診断されている。
クラスメートとの交流もほとんどなく、クロルにとって学校は孤独を感じる場所でしかなかった。
家でも学校でも孤立していたクロルの人生をさらに暗く変えたのが、第二次世界大戦である。
戦争の混乱と共に、クロルの家族は故郷を追われることとなったのだ。
戦後。ドイツ人追放の嵐が彼らを襲い、家族は命からがら現在のドイツ――ノルトライン=ヴェストファーレン州へと移り住むことになる。
新しい土地での生活も、クロルに安らぎを与えるものではなかった。
慣れない環境と不安定な生活の中、クロルはますます孤立を深めていく。
家族とともに生き延びたものの、彼の心はかつての故郷と同じように荒れ果てていた。
社会に馴染めず、自分の居場所を見つけられなかった彼の心には次第に闇が広がっていく。
そして1955年、クロルはその孤独を埋めるかのように一人の少女を襲ったのだ。
小さな町で孤立し心の支えを求めていた少年は、いつしか狂気に染まった男へと変わっていった。
ヨアヒム・クロルの物語は、ここから幕を開けることになる。
◆初めての犯罪
1955年、ヨアヒム・クロル 22歳。
クロルは暗く歪んだ運命の扉を開くことになる。
その日クロルは19歳の少女イルムガルト・シュトレールを見つけ、突如として抑えがたい衝動に駆られた。
心に渦巻く孤独と疎外感、それに伴う歪んだ欲望が一つに交わり、最初の事件が引き起こされた。
イルムガルトを襲い命を奪ったクロルは、一度踏み外した道を引き返すことはなかった。
これがヨアヒム・クロルの20年に渡る犯罪の幕開けとなる。
事件の後、クロルはドイツのデュースブルクへと移り住み、工場でトイレ係として働き始めた。
誰もが見過ごしてしまうような、静かで目立たない男――それが、表向きのクロルの姿だった。
しかし心の中では、異常な衝動がますます強くなっていく。
普通の人間関係を築くことができないクロルは、誰とも深く関わることなく、日常を淡々と過ごしながら、その裏側で新たな獲物を探し続けていた。
彼の目に映るのは、無抵抗な女性や子供たち。彼らが次々とクロルの手に落ちることになる。
ヨアヒム・クロルの犯行には特定のパターンがあった。
クロルはターゲットを襲い命を奪った後、遺体を強姦していた。
生きている女性とまともに接することができなかったクロルは、完全に抵抗できなくなった女性相手に性行為をしていたのである。
そして全てを終えたクロルは、被害者の一部を切り取って自宅に持ち帰っていた。
クロルは持ち帰った柔らかな部分を調理し、牛や豚や鳥と同じように食べていたのだ。
これだけでも異常すぎる行動だが、その後もクロルの犯行はどんどんエスカレートしていく。
1959年 マヌエラ・クノート
1962年 ペトラ・ギーゼ
同年 モニカ・ターフェル
この3人の犠牲者は、いずれもティーンエイジャーの女の子だった。
工場で働いていたクロルは単調な日々の中で、静かに犯罪を積み重ねていたのだ。
誰もが彼をただのおかしな男として見過ごし、彼の内なる狂気に気づかなかった。クロルの中で渦巻く衝動は、社会との断絶と孤立によってますます増幅していったのかもしれない。
クロルの犯行は1955~76年まで、実に21年にわたって続いた。
彼はその間デュースブルクを拠点に、次々と無抵抗な被害者を襲い続けた。
犯行のペースや場所は不規則であり、警察の捜査は難航していた。あまりにも犯行現場がバラバラで広域に渡っていたため、これらの事件が同一犯によるものかどうかも分からなかったのだ。
のちに逮捕された際は8人の命を奪った罪で有罪判決が出ているが、クロルはその後 13名を手にかけたと自供している。
クロルの静かな日常と、その裏で繰り返される凶行のギャップ。
ルール地方の様々な場所で発見された大勢の被害者。
人々は正体不明の犯人に怯え、不安と恐怖に包まれながら生活していた。
◆ルールのカニバル
ヨアヒム・クロルが「ルールのカニバル」と呼ばれるようになったのは、先ほど触れた通り、その異常な行動が一線を越えていたからだ。
クロルは被害者の体の一部を自宅に持ち帰り、冷蔵庫に保管し、さらには調理して食べていたとされている。
これにより彼の存在はドイツ全土に知れ渡り、ルールの人食い男という忌まわしい異名を持つことになったのだ。
クロル自身は逮捕後、「食費を浮かせるためにやった」と冷淡に語った。その言葉だけを聞けば、まるで生活の一部であったかのようだ。
しかし、そんな単純な理由で説明できるようなものでもなかった。
食料品店に行けば誰でも手に入るはずの食材を、クロルはなぜわざわざ人間で補おうとしたのか。
食費という言葉では片付けられない、彼自身の中に潜む異常な欲望と衝動に根ざしているようにも思える。
個人的に感じたのは、社会で孤立していたクロルが自分の存在を確かめるため、被害者とのつながりを異常な形で求めたのではないかということだ。
人々が通常の人間関係で満たされる欲求を、彼は命を奪いその一部を食べるという行為でしか満たすことができなかったのではないか。
とにかくクロルのこの行為は、ドイツ社会に大きな衝撃と恐怖を与えた。
警察も初めは彼の行動の動機を理解できず、性的な欲望からくるものだと考えた。
しかしクロル自身は逮捕後「性的な動機はないと」繰り返し主張していたという。

◆発覚と逮捕
1976年、デュースブルク近郊で4歳の少女マリオン・ケッターが行方不明になる事件が発生。
警察が聞き込みを行なったところ、あるアパートの住人がこんなことを言った。
「隣人のヨアヒム・クロルが、『トイレに内臓が詰まって使えない』と言っていた」
その情報を受けた警察が調査すると、トイレには本当に内臓が詰まっていたのだった。
警察がクロルの部屋を調べると、冷凍庫にはビニール袋に小分けされた肉片が保管され、鍋の中には野菜と共に小さな手が煮込まれていた。
クロルは即座に逮捕され、その場で犯行を認めたという。
マリオンの遺体の一部もそこにあったのだった。
クロルは逮捕後、これまでに13人を手にかけたと自供。
しかしクロルの記憶は曖昧で、実際の被害者数はさらに多かった可能性もある。
知的障害を持っていたクロルは「軽い手術を受ければ家に帰ってディナーの続きを楽しめる」と考えており、自身の行動がどれほどの罪深さを持つか理解していなかった。
1991年。
ヨアヒム・クロルは心筋梗塞により、刑務所内で亡くなった。
★
罪のない少女や女性を狙い、将来も尊厳も全てを奪ったヨアヒム・クロル。
孤独で寂しかったという過去が強調されているが、同じような境遇でもまっとうに生きている人は大勢いる。
クロルのIQにも注目されているが、いったい何がどうなっていれば事件は起きなかったのだろう。
考えるほど人間の心の闇に恐怖を感じる事件である。
ルドルフ

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