身近に潜む恐怖
カナダ最年長のシリアルキラー

現在、何かのコミュニティに入っていますか?
ネットを見ていると「界隈」という言葉をよく耳にする。
「界隈」とは、「その辺」とか「その辺り一帯」という意味なのだが、ネットにおける「界隈」は、特定の趣味や業界などの元に集まる人たちのことを指す(多分)。
それでいうと僕は陰キャぼっちホラー界隈。
この事件が始まったのは2010年のカナダ。
とある界隈のコミュニティで、何人もの人たちがある日突然――姿を消した。
行方不明者は増えるのに、警察はなかなか対応してくれない。
やがて、コミュニティ内でこんな噂が広がっていく。
「この界隈にはきっと――シリアルキラーが紛れ込んでいる」
2018年1月18日
カナダ
トロント チャーチ・アンド・ウェルズリー
ここはLGBTQの村――通称ゲイビレッジと呼ばれ、多くのレストランや書店、ナイトクラブにバーなど、LGBTQの人たち向けの施設が展開されているエリアである。
歴史や権利運動の中で重要な役割を果たしている地域で、アメリカではニューヨークやサンフランシスコにも存在している。
日本では新宿二丁目が有名だが、二丁目と比べてトロントのゲイビレッジはより広範囲で、更には昼夜を問わずカフェやブティックなど、多様な目的を持つコミュニティスペースとして機能しているのが特徴だ。
歴史ある平和な街でこの日、恐ろしい事件の犯人とされる男が逮捕された。
男の名前は、ブルース・マッカーサー。
自身も同性愛者でありながら、同じゲイの男性をターゲットにしていたシリアルキラーである。

◆平和と葛藤の狭間で
ブルース・マッカーサー
本名 トーマス・ドナルド・ブルース・マッカーサー
静かな農村に生まれたブルース。彼が育ったアーガイルの農場は、広々とした草原と穏やかな空気に包まれていた。
ブルースには妹がいたが、両親はトロントの近郊から問題を抱えた子供たちを養子に迎え、常時6人から10人の子供たちの世話をしていた。
そのため、地域では評判の良い家族として知られていたという。
しかしこの平和な家庭の中にも不協和音があった。
母親はアイルランド系カトリック教徒、父親はスコットランド系長老派教会の信者であり、二人の宗教的対立が絶えなかったのだ。
そんな時ブルースは母親に味方し、そのことで父親から嘲笑を受けることもあった。
彼の中には、この父親の態度が自分の同性愛を察知してのものではないかという疑念があった。
というのもブルースは、物心ついた時から自身の恋愛感情が男性に向くことに気付いており、それに関して悩んでいた。当時は現在よりもずっと、同性愛というだけで白い目で見られることが多かったのだ。
子供の頃のブルースは、他の子たちと馴染めず孤立しがちだった。
だが中学校でジャニス・キャンベルという女子と出会い、親しい関係を築いた。
二人は1970年に卒業し、23歳の時に結婚することとなる。
ブルースは自身の同性愛を隠してジャニスと結婚したのだが……これはなぜか、皆さんお分かりだろうか?
答えの1つといえるのは、ブルースの青春時代とされる1950年代から70年代にかけて、カナダ全体で同性愛は犯罪とされ、強い社会的偏見があったからだろう。
そのためブルースは自身の同性愛感情を抑え込み、異性愛者としての生活を選ばざるを得なかった可能性が高い。
勿論ジャニスとの絆は確かに存在してたと思われるが、同性愛者というだけで法律違反とみなされるのだから、ブルースにとっては息苦しい時代だったことだろう。
ちなみに2024年現在のカナダでは、同性婚が社会的に認められている。
ジャニスとの結婚後、ブルースはトロントの百貨店でバイヤーアシスタントとして働き始めた。
その後いくつかの仕事を転々としながら、二人の子供を授かる。
だがその穏やかな生活の裏で、ブルースは自分の同性愛感情に苦しみ続けていた。
この感情を否定するため彼は教会活動に没頭するが、それでも抑えきれない感情が芽生え始める。
1990年代初頭、ブルースはついに男性と関係を持つようになる。
この頃には徐々に 同性愛者の権利が法的に認められるようになり、差別禁止法や平等な権利が拡大されていた。
とはいえ、いわゆる浮気をした状態で1年が経過していたのだ。
そしていよいよ隠しきれないと悟ったところで、ブルースは妻ジャニスに自身の同性愛をカミングアウト。
ジャニスはそれを許したか、呆れたのか、それとも薄々気付いていたのか、とにかく夫の事情を知りながらも同居は続けていた。
しかし経済的な困難や家庭内の問題が重なってしまう。
ティーンエイジャーとなっていた息子のトッドが、女性にセクハラ的な電話をして起訴されたり、ブルースが勤めていた会社の雇用が終わって失業したり。
様々な要因が重なり、夫婦は最終的に破産宣言をせざるを得なくなった。
自宅を抵当に入れたため、夫婦は1997年には別居。
ブルースはトロントに移り住み、チャーチ・アンド・ウェルズリー地区、通称ゲイビレッジで恋人の男性と新たな生活を始めた。
4年後にはその男性と別れ、同時にジャニスとも正式に離婚。
しかしのちに二人は和解し、息子トッドも父親が同性愛者であることを悩みつつも受け入れ、一緒に造園業の仕事をしていたという。
トロントでのブルースは造園家としてのキャリアをスタートさせ、引き続き地元のバーを拠点にLGBTQコミュニティと繋がりを持つようになる。
しかしその裏では、少しずつ心の闇が深まっていった。
男性との関係を持ちながらも精神的に安定せず、精神科医の治療を受ける日々が続いていたのだ。
ブルース・マッカーサーの人生は、静かな農場での幼少期から都会のゲイビレッジへの移住、そして自身のアイデンティティとの葛藤に彩られていた。
しかしブルースの内面に渦巻く葛藤は、やがて悲劇的な形で表面化していくこととなる。
それは、彼の人生が辿ることになったもう一つの物語の始まりだった。

◆ハロウィンの夜
2001年10月31日。
トロントの街はハロウィンの仮装に彩られ、どこもかしこも賑やかな雰囲気に包まれていた。
その日――俳優でモデルのマーク・ヘンダーソンは、自宅で友人たちと仮装を楽しむ準備をしていた。
昼過ぎにブルース・マッカーサーが訪ねてきた。
ブルースは「ハロウィンの衣装を見せるために招かれた」という理由で、扉の向こうに立っていた。
ドアが開き、マークはブルースを招き入れた。
何の疑いも抱かず、彼は振り返りながら部屋の奥へと進んでいく。
しかしその瞬間、背後から鋭い痛みが彼を襲った。
振り返る隙も与えず、ブルースはマークの後頭部に鉄パイプを数回振り下ろしたのだ。
マークは必死に抵抗したが、やがて力尽きて意識を失った。
彼が次に目を覚ましたのは病院のベッドの上。
命に別状はなかったものの後頭部と指に数針縫う怪我を負い、体には痛みが残っている。
6週間ものリハビリが必要だと告げられ、ハロウィンの楽しさは一瞬で悪夢に変わってしまった。
一方、ブルースは事件後に自首したものの「何も覚えていない」と主張。
精神科医の報告によれば、ブルースの行動は「筋弛緩剤の亜硝酸アミル」と「抗てんかん薬」の併用に影響されていた可能性があるという。
最終的にブルースは武器を用いた暴行と傷害の容疑を認め、条件付きの判決を受けることとなる。
その内容は異例だった。
刑期の最初の1年間は自宅軟禁、さらに6か月の外出禁止令、3年間の保護観察。
トロントのゲイビレッジであるチャーチ・アンド・ウェルズリー地区への立ち入りも制限され、マークの職場や自宅には近づくことも禁止された。
また怒りのコントロールを目的とした心理カウンセリングや、精神科カウンセリングを受ける義務も課された。
しかしこの事件の記録はその後、驚くべき展開を迎える。
この件で有罪となったものの、その後特に問題を起こすこともなかったため記録停止処分を受け、これによりブルースの過去の犯罪行為は公式のデータから消え去ったのだ。
2010年には多くの証拠品や記録も、トロント警察の保管方針に従って破棄された。これ以上特に保管する必要がないと判断されたためだ。
ブルースに課された条件付き判決は、彼の本当の姿を暴き出すには至らなかった。
こうしてブルース・マッカーサーの過去から犯罪記録が消えたため、のちに明らかになる更なる悲劇を食い止めることができなかったのである。
◆失踪者たち
ブルースはゲイビレッジでも知り合いが多く、ジッパーズというバーの常連となって楽しく酒を飲み、特定の男性との付き合いも持っていた。
もともとBDSMという特殊プレイに興味があり、マッチングサイトではMの男性を求めていたという。
だが、ハロウィンの事件をきっかけにコミュニティから追放されてしまい、ブルースはこれに激怒。
事件から約10年経ってから、「君が起こしたことについて不穏な噂を聞いたんだが」と話しかけてきた知人に対し、「お前も他の連中と同じで、俺が狂ってると思ってるのか!」と怒鳴り散らしたというエピソードもある。
一方造園の仕事は順調で、顧客には裕福な年配の女性が多かった。
ブルースは丁寧な仕事をし、オフシーズンには自身の体格を生かしサンタクロースに扮してショッピングモールで働いたり、慈善団体に花を送ったりしていた。
人間なら誰しも多面性を持つものだが、このブルース・マッカーサーの光と闇は、表向きの「善良な市民」としての姿と、抑えきれない暴力や支配欲という闇が同居した結果と思える。
二面性自体は人間の本質でもあるが、ブルースの場合それが極端に分裂し、社会に対する表向きの「善」と内なる「悪」が衝突する形で悲劇へとつながっていったのかもしれない。
2012年11月。
トロント警察が一つの失踪事件をきっかけに動き出した。
失踪したのは、スカンダラジ・"スカンダ"・ナバラトナムという、南アジア系の移民の男性である。
この捜査の発端は、人食いWebフォーラム「ザンビアン・ミート」への投稿だった。
「トロントで男性を手にかけて食べた」という内容が何者かによって書き込まれていたのだ。
警察はこの不気味な投稿と、当時カナダ中を騒がせた殺人犯ルカ・マグノッタとの関連を疑ったが、すぐに手がかりは行き詰まり、捜査は方向転換を余儀なくされた。
2013年6月までに、警察は新たな手がかりを掴む。
同じ地理的エリア、同じライフスタイルの男性2人が行方不明になっていたのだ。
アブドゥルバシル・"バシル"・ファイジ、そしてマジード・"ハミド"・ケイハン。
この2人はナバラトナムと同じく中年の南アジア系移民であり、2010~12年の間に、トロントのゲイビレッジから忽然と姿を消していた。
その後匿名の通報が、ブルース・マッカーサーという名前を浮かび上がらせる。
2013年11月11日、警察はブルースを事情聴取。
ブルースは、ナバラトナム氏とはゲイバーで顔見知りだったと認めたが、体の関係があったことは否定。
またケイハン氏については、仕事で彼を雇っていたことを認めつつも、それ以上の関係は否定した。
捜査はそこまでだった。
警察は3件の失踪事件を関連付ける証拠も、犯罪の存在を裏付ける証拠も見つけることができなかった。
そして2016年、捜査報告書にはこう記される。
「3人の男性に何が起こったのか、今も説明できるものは何もない」。
捜査は静かに終わった。
だがこの時点で既に、ブルース・マッカーサーという名の影が、闇の中で息を潜めていたのである。
2017年6月26日。
この日、アンドリュー・キンズマンという白人男性が、自宅近くのウィンチェスター・ストリートで忽然と姿を消した。
彼もやはりゲイコミュニティの一員だった。
2日後の6月28日、友人たちがキンズマンのアパートを訪れた。
部屋はいつも通り整然としており、争った形跡はない。
しかし部屋の隅で、17歳になる猫が空の餌皿の前に座り、じっとこちらを見つめていた。
その光景に違和感を覚えた友人たちは、すぐに警察へ失踪届を提出。
キンズマンの生活は安定しており、何も言わずに姿を消すなんて不自然すぎる。
しかも猫を可愛がっていた彼が大切な猫を残し、常に持ち歩いていた処方薬も置いたまま消えるなんてありえないことだった。
友人たちの不安は次第に地域全体へと広がっていく。
捜査官たちはキンズマンの携帯電話が失踪当日に電源を切られていたことを突き止めるが、その後の手がかりは途絶えてしまう。
2017年7月末。
トロント警察はキンズマンの失踪と、セリム・エセンという男性の失踪事件との関連性を疑い、新たな捜査を開始。
ゲイビレッジのあるチャーチ・アンド・ウェルズリー地区は、以前から多発している未解決の失踪事件のせいで不安と恐怖に包まれていた。
8月1日。
キンズマンの友人グレッグ・ダウナーは有志を募り、地域安全会議を立ち上げ、行方不明者の捜査強化を訴えた。
だが、警察の捜査はなかなか進まない。
トロントのゲイビレッジに渦巻く疑念と恐怖。
「このコミュニティの誰かが狙われている」
そして誰もが、次は自分がターゲットにされるかもしれないという思いの中で生活していた。
★
行方不明者が増えても捜査が進展しなかったのは、ちょっと残念な理由があるといわれている。
被害者がゲイの人たちということ・そして南アジアや中東の人たちということで、警察が本気の捜査をしなかった――そのために初動捜査が遅れてここまでの被害になってしまった、という専門家の意見もあるのだ。
現に「白人のキンズマン氏」が行方不明になってからようやく捜査に本腰を入れたという感じだったのである。
それだけではなく、身寄りのない被害者は失踪届が出されていなかったり、失踪届が出されていても、家族に同性愛を隠していた被害者の場合は警察が被害者とゲイビレッジの繋がりに気付かなかった、なんてものもあったのだ……
◆捜査の果てに
2010年から2017年にかけて、行方不明になったのは8人の男性。
以下は、失踪届が出された順番――つまり失踪が発覚した順番ではなく、被害者が最後に目撃された順番を並べたものである。
2010年9月 スカンダラジ「スカンダ」ナヴァラトナム 40歳
2010年12月 アブドゥルバシル・「バシル」・ファイジ 42歳
2012年10月 マジード・「ハミド」・ケイハン(58)
2015年8月 ソルーシュ・マフムディ(50)
2015年8月 キルシュナ・クマール・カナガラトナム(37)
2016年4月 ディーン・リソウィック(43)
2017年3月 セリム・エセン(44)
2017年6月 アンドリュー・キンズマン(49)
いずれもブルース・マッカーサーと恋愛関係にあったり、ブルースと仕事をしていたり、肉体関係にあったりする男性たちだった。
結局本格的な捜査が始まったのは、最後に行方不明になったとされるアンドリュー・キンズマン氏からだ。
一度は捜査が難航したものの、警察はキンズマン氏のカレンダーのとある日付に「ブルース」という名前が書かれていたのを発見。
この日付こそが、2017年6月26日――つまりキンズマン氏が最後に目撃された日だった。
監視カメラを調べると、キンズマン氏が赤い車に乗り込む姿が映っていた。
分析した結果、この車がブルース・マッカーサーという男のものであると判明。カレンダーに書かれていた「ブルース」という名前と合致したのだ。
2017年8月。
警察はブルース・マッカーサーの逮捕へと繋がる大きな手がかりを次々と掴んでいった。
まずキーフォブの記録と携帯電話の追跡データを使い、キンズマンが失踪した日のブルース・マッカーサーの動きを正確に洗い出すことに成功。
ちなみにキーフォブとは電子キーのこと。例えば車のリモコンキーや、マンションやオフィスなどでカードをセンサーに「ピッ」とするアレのことだ。
そしてブルースが乗っていた車から見つかったDNAが、キンズマンとエセンのものと一致。
これにより警察は12月4日、ブルースのアパートへの令状を取得した。
警察は密かにアパートに入り込み、ブルースのコンピューターからハードドライブのクローンを作成する。
膨大な量のデータ解析と復元作業。
捜査と並行しながら地道な作業を勧めた結果、2018年の1月――捜査は一気に加速する。
ついに決定的な証拠が発見されたのだ。
解析の結果ブルースのコンピューターに、遺体となった被害者たちの写真が残っていたのである。
警察はブルース・マッカーサーを24時間監視し、緊張が張り詰めた中で最後の指示が出される。
「誰かと二人きりの状況が確認されたら、即座に逮捕しろ」
この瞬間、全てのピースが揃った。
長きにわたる闇に光が差し込み、ついに獲物を追い詰めたのだ。
2018年1月18日。
警察はついに、若い男性がブルース・マッカーサーのアパートに入るのを確認。
男性の命が危険だと判断して部屋に踏み込むと、ベッドには拘束された男性がいた。
彼の頭には黒い袋がかぶせられ、口にはテープが貼られようとしていた。
男性は出会い系アプリでブルースと知り合い、これまでにも何度か会っていたという。
手錠で拘束されることに同意していたが、状況は明らかに異常だった。
警察はその場でブルース・マッカーサーを逮捕。
逮捕後、警察はアパートから携帯電話やパソコン、デジタルカメラ、USBメモリなど 多くの電子機器を押収。
その中に残されていた証拠がブルースの犯行を物語っていた。
またブルースの自宅の花壇からは、なんと6人の遺体が発見された。
それだけではなくブルースが造園の仕事をしていた顧客の庭からも、隠されていた遺体の一部が見つかっている。
遺体は分散されて遺棄されていたため当初は判断がしづらかったが、最終的には8人すべての遺体が発見され身元が確認されたのだった。
結局ブルースは、なぜこのような犯行に手を染めたのか?
実をいうと明確な動機は判明していないのだが、いくつかの要因が絡み合った複雑な心理が関係しているといわれている。
1 支配欲・コントロール願望
ブルース・マッカーサーは元々BDSMというプレイにハマっていたため、被害者たちを支配しコントロールすることに強い欲望を抱いていたとされている。
プレイの一環で過激な暴力に及んだというもの。
2 フェティシズムの影響
サディスティックな面を持っていたブルースは、被害者の遺体の写真を撮影して保存していた。
このことから、殺害行為自体が彼の性的欲求を満たす手段だった可能性が高い。
これはシリアルキラーに見られる典型的な心理の一つであり、支配・暴力・死と性的興奮が結びつくケースだ。
3 内面の葛藤と自己抑圧
幼少期から宗教的な家庭で育っていたブルースは、自身の同性愛を長く隠して生きていた。
若い頃は異性愛者として結婚し家庭を築いたが、後にカミングアウト、ゲイビレッジに身を置くようになる。
しかしその抑圧されてきた過去や社会から受けた偏見や孤立感が、彼の中で歪んだ形となって噴出した可能性がある。
――このように明確な1つの動機ではなく、複数の要因が重なっていたと思われる。
もちろんこの他にも理由はあるかもしれないし、本当はもっと単純な動機だったかもしれない。いずれにしても本人が犯行の動機について具体的に語ることはなかったため、完全な真相は闇の中なのだ。
2019年2月8日。
ブルース・マッカーサーに終身刑が宣告された。
仮釈放が認められるのは25年後、91歳になってから。
しかし仮釈放の可能性は極めて低い。なぜならブルースは2型糖尿病を患っており、それほど長生きすることはできないのではと報じられているからだ。
年齢と健康状態を考えれば、それは事実上の終身刑だった。
ブルース・マッカーサーは現在、ミルヘイブン刑務所に収監されている。
★
同じコミュニティ内で、卑劣な犯行に走ったブルース・マッカーサー。
彼の逮捕によって事件は終わりを迎えたが、残されたのは深い悲しみと、繰り返されてはならないという教訓だ。
もしも偏見や初動捜査の遅れがなければ、犠牲者の中の何人かは今も大切な人たちと共に生きていたかもしれない。
命の重さに違いはなく、すべての人が平等に守られるべきだ。
この事件を忘れず、二度と同じ悲劇が起こらない社会をみんなで築いていかなければならない。
ルドルフ

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