全英戦慄
残酷すぎる少年達の犯行

10歳の頃、あなたは何をしていましたか?
日本ではだいたい小学4年生くらいだろうか。
僕はその頃友達と毎日のように遊び周り、漫画やテレビゲームに夢中になり、一人の時間には密かにグロテスクな漫画を描いていた。
この事件が起きたのは1993年のイギリス。
2歳の男の子ジェームズ・バルガー君が誘拐され、のちに無残な姿で発見された。
ジェームズ君を誘拐した犯人の2人組はすぐに捕まったものの、その姿にイギリス中が騒然となる。
2歳児の命を残忍な方法で奪った2人組、それは――10歳の少年達だったのだ。
1993年2月14日。
イギリス・リバプール。
この日、地元の線路の近くで2歳の男の子 ジェームズ・パトリック・バルガー君の遺体が発見された。
ジェームズ君の遺体は列車に轢かれてしまったのか、上半身と下半身が分かれた状態だった。
一体なぜこんなことが起きたのか?
好奇心から線路に入り込んでしまったがゆえの悲劇なのか?
――事実は違った。警察もそれを理解していた。
なぜならジェームズ君がデパートで行方不明になったのは2日前。店内の防犯カメラには、ジェームズ君と一緒に歩く2人組の少年がはっきりと映っていたのだ。
◆誘拐事件発生
1993年2月12日。
3歳の誕生日を来月に控えたジェームズ・バルガー君はこの日、母親と一緒にショッピングセンターにきていた。
食肉店で母親が会計をしている間、店の外で待つように言われたジェームズ君は、母の言いつけ通り 大人しく店の外に立っていた。
15時半頃――
そこへ2人組の少年がやってきて、ジェームズ君の手を取り歩き出した。
ここで何かジェームズ君の気を引くような言葉をかけたと思われるが、詳細は判明していない。
2人組の少年の名前は、ジョン・ヴェナブレスとロバート・トンプソン。
年齢はどちらも10歳で、ジェームズ君からしてみれば少し年上のお兄さんだった。
母親に気付かれることなく、ジョンとロバートはジェームズ君をショッピングセンターから連れ出したのである。
ややあって買い物をしていた母親はジェームズ君がいないことに気付き、慌てて警備員に助けを求めた。
当日着ていたジェームズ君の服装を伝えて迷子のアナウンスをしてもらったが、ジェームズ君は見つからなかった。
4時15分、地元警察に通報。
翌日になってジェームズ君を「運河で見た」という人が現れたため、警察は現場を捜索したが、そこでもジェームズ君は見つからなかった。
この誘拐事件に、当初はジェームズ君の両親が疑われたこともあったという。
しかし警察がショッピングセンターの防犯カメラをチェックすると、そこにはジェームズ君と2人の少年が歩いているところが映っていた。
映像を見たジェームズ君の父は安堵した。
「子供と一緒にいるのなら、息子は無事なはず」
大人に攫われたわけではないから大丈夫だと、ジェームズ君の父親は泣き崩れる母を慰めた。
だが、そんな父親の希望は無残にも打ち砕かれることとなる。
その翌日になって、地元の警察署からほど近い線路上でジェームズ君の遺体が発見されたのだ。
あまりにも惨過ぎる結末だった。
◆幼い容疑者たち
ジェームズ君の遺体が見つかった線路の近くには、色々な物が落ちていた。
鉄の棒、石、レンガ……これらにはジェームズ君の血が付着しており、他にも青いペンキが発見された。
青いペンキ。これは、ジェームズ君の顔に塗られていたのと同じものだった。
ただの列車事故ではない。
警察は防犯カメラに映っていた2人の少年が何等かの事情を知っていると見て、近隣の小学校で、「2月12日に欠席していた児童」を調べていった。
何人かの児童が候補にあがったが最終的に容疑者となったのは、ジョン・ヴェナブレスとロバート・トンプソンの2人だった。
というのも、警察の元に匿名の電話がかかってきたのである。
電話の主は、ジョンとロバートが金曜日に学校を休んでおり、ジョンのジャケットの袖に青いペンキが付いていたと証言した。
そうして警察が少年達の家を訪ねると、ロバートの靴には血が、ジョンのジャケットには青いペンキが付着していることを発見したのだった。
しかし証拠と呼べるものは見つかったものの、警察は当初「犯人はこの2人ではないだろう」と思っていた。
なぜならジョンとロバートの年齢は10歳だが、カメラの映像に映っていた誘拐犯はもう少し年上の13歳か14歳くらいの少年に見えたからだ。
それに、地元には彼らの他にもっと暴力的な問題児がいた。
補導歴もない10歳のジョンとロバートが2歳児を手にかけるというのが、どうにも信じられなかったのだ。
ところが警察の予想とは裏腹に、別々の場所で取り調べを受けたジョンとロバートは 自ら犯行を自供したのである。
正確に言えば「この事件は一緒にいたあいつのせいで、自分は嫌だけど従っただけだ」と、お互いに罪を擦り付け合ったのである。
ジョンはひどく取り乱しており、泣いたり質問に答えられなかったりと非常に情緒不安定になっていた。
一方でロバートは終始落ち着いていて、淡々と受け答えをしていた。
少年達はお互いがお互いを首謀者だと言ったが、その落ち着きぶりから「ロバートの方が先導して犯行に走ったのではないか」と思われていた。
ジェームズ君を誘拐し手にかけた犯人は、10歳の少年達だった。
この前代未聞のニュースはリバプールからイギリス中に衝撃を与え、「10歳だろうとロクデナシの犯人を決して許すな、命には命で償え」という声が次々に上がったのだった。
◆事件当日の出来事
2月12日、ストランド・ショッピングセンター。
ジョン・ヴェナブレスとロバート・トンプソンは、学校を無断欠席してショッピングセンターをうろついていた。
そこで一人でいるジェームズ君が誘拐されたのだが、ジェームズ君の前に他の男児に声をかけて連れ去ろうとしたという別の母親の証言も出ている。
男児の母親に見つかって誘拐は未遂となったのだが、その後で2人はジェームズ君を発見したのだ。
2人の証言によると、ただの思い付きで誘拐を試みたとのこと。
3人がショッピングセンターを出た時刻は、防犯カメラによると15時39分。
彼らはそこから約4キロの道のりを歩いて運河へ辿り着くのだが、その道中、彼らを目撃した人がいた。
ある人はジェームズ君が楽しそうに笑っていたと言い、ある人は2人の少年がジェームズ君をぶったり蹴ったりしていたと言った。
泣いているジェームズ君の額に傷ができているのを見た人もいた。
目撃者がどうしたのかと訊ねると、2人の少年はこう言った。
「迷子を見つけたから、これから警察に行くんだ」
また別の目撃者が声をかけると、「弟が怪我をしたからこれから病院に行くんだ」という答えが返ってきた。
目撃者は判明しているだけでも38人。声をかけた大人達もいたが、誰もジェームズ君を救うことはできなかった。
中には「警察署まで付き添う」と申し出た子連れの母親もいたのだが、彼女の幼い娘が疲れて歩けなかったため、結果的に付き添うことはできなかった。
ジョンとロバートに連れ去られたジェームズ君は、始めは楽しそうに笑っていたが――次第に母親がいないことに不安になり泣き始めた。
それに対して2人は苛立ちを覚え始め、ジェームズ君を叩くなどしたのだそうだ。
そうして誘拐から3時間後。
ジェームズ君は最後の現場に連れて来られ、2人の少年から想像を絶する仕打ちを受けたのである。
その辺にあった石などで暴行を受けたジェームズ君は顔に青いペンキを塗られ、口の中に乾電池を押し込まれた。
また乾電池はジェームズ君のお尻にも入れられており、最後には重さ10キロの鉄の棒で殴打された。
のちの調べでジェームズ君の体からは、少なくとも42ヵ所の打撲の形跡が発見された。
この時点でジェームズ君が息をしていなかったという記事もあれば、虫の息となった彼を事故に見せかけるため、線路の上に放置したという記事もある。
その後、何も知らない列車が通過してしまったのだ。
ジョンとロバートが、なぜこんなことをしたのか。
一部メディアは、映画「チャイルドプレイ3」の模倣だと言ったが、映画検閲官はそれを否定している。
◆少年達のその後
ロバート・トンプソン。
彼の父親はアル中で、ロバートを含む7人の子供達や母親に暴力や性的虐待をしていたという。
ロバートが5歳の時に父親は家出をしたが、その後のロバートは年上の兄弟から暴行を受けることとなり、一時期は児童保護施設に入るほどだった。
更には母もアル中で、とても一人で7人の子の面倒など見られるはずがなかった。
ジョン・ヴェナブレス。
ロバートのように酷い虐待を受けていたわけではないが、彼の両親も離婚しており、父親は家にいなかった。
加えてジョンは学校のクラスでも孤立していた。
注目を集めたくて壁に頭を打ち付けるという癖があったが、教師もクラスメイトも ジョンを気に留めることはなかった。
ジョンは父親が近くに住んでいたため頻繁に父と過ごせていたが、学校では男子生徒とよく殴り合いの喧嘩をしていたという。
裁判では、この2人の家庭環境は情状酌量の材料とはならなかった。
イギリスでも貧困層が多い地域では、このような家庭は特に珍しいものではないという理由からである。
ジョンとロバートの裁判は、成人と同じ手続きで行なわれた。
未成年者の裁判では多くの場合両親が隣に座るのだが、彼らの時はそれが許されず、1人で原告席に座ることとなった。
裁判の様子は毎日新聞の一面に載り、一体2人にどのような判決がくだるのかイギリス中がその行方を見守っていた。
2人にくだされた判決は有罪、刑期は8年と決定。
そうして8年後の2001年6月。
服役中特に問題を起こさなかったとして、2人は釈放された。
ジョンとロバートには名前や住所など新しい身分が与えられ、別人としてその後の人生を送ることとなった。
ちなみに2人の新しい人生、IDや名前の変更には莫大なお金がかかり、その全ては税金から支払われている。
しかも1度ではなく定期的に変更されるため、税金を納めているイギリス国民はこれに対して当然ながら怒り心頭なのだ。
裁判所はマスコミに対して2人に関する報道を禁じたが、とあるメディアが2人の新しい名前をすっぱ抜いて罰金刑を喰らったり、どうやったのか2人の住所を匿名でジェームズ君の母親に知らせるという者も現れた。
ジェームズ君の母親は、彼らとは今後一切の関わりを持ちたくないという思いを貫き、2人対して何か行動を起こすことはなかった。
現在、ロバート・トンプソンはイギリスのどこかで静かに暮らしていると言われている。
しかし2010年。
ジョン・ヴェナブレスは、様々な男児の性的な画像をダウンロードした罪で投獄された。
2013年に仮釈放の資格を得たのだが、その際ジェームズ君の母親は「ジョンは生涯釈放されるべきではない」と語ったという。
仮釈放となったジョンだが、2017年11月――35歳の時にまたもや投獄されることとなる。
理由はジョンのパソコン内に、大量の児童虐待の画像や、「どうすれば彼らといたせるか」などの小児性愛者向けのマニュアルが発見されたからだ。
★
20世紀のイギリスで最年少の殺人鬼と言われたジョンとロバート。
その犯行内容はとても許せるものではなく、何の目的があってこのようなことをしたのかもよく分かっていない。
何の罪もないジェームズ君は僅か2歳だった。
ロバートはともかくジョンのその後の犯罪を思うと、莫大な税金を使って加害者の人権を守ろうとしたのは何だったのかと思えてくる。
せめてこのような事件が二度と起こらないことを願う。
ルドルフ
本事件を動画で見たい方はこちら
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