放たれた狂気
ソウルに潜む血塗れの悪魔
映画「チェイサー」の基となった事件

もしも仕事で出会ったお客さんが、シリアルキラーだったらどうしますか?
しかもその人物が、これまでに何人もの人を手にかけ、解体し、その一部を食っているとしたら。
この事件が発覚したのは2004年の韓国。
ある日、とある夜のマッサージ店に1本の電話がかかってきた。
「もしもし、若くて綺麗な女性をお願いしたいのですが……」
実はこの男――富裕層や風俗嬢など何人もの人間を手にかけてきたシリアルキラーである。
本日紹介するのは、映画「チェイサー」のモデルとなった韓国の事件。
狡猾な犯人、凄惨な犯行現場、警察の失態、消えた女性たち――
メディアから「レインコートキラー」と呼ばれた男の犯行。
その名も、ソウル20人連続殺人事件。
2004年7月15日、韓国・ソウル。
出張マッサージ業を営むある男が、警察に奇妙な届け出を行なった。
「特定の電話番号で呼び出された女性マッサージ師たちが、次々と行方不明になっているんです」
警察はこの情報を受け、対象者を追跡し始める。すると、捜査線上に浮かび上がった一人の男がいた。
事情を聞くため、警察は取り調べ室で彼に尋ねた。
「電話で呼び出した女性たちをどうした?」
その問いに、男はゆっくりと口を開いた。
「ソウル西南部で起きている 連続殺人事件をご存じですか?」
「それがどうしたというんだ」
「あの事件の犯人、私なんですよ」
男の名前はユ・ヨンチョル、逮捕当時34歳。
富裕層や高齢者、そして風俗嬢たちを次々と手にかけた、「レインコートキラー」と呼ばれた男である。

◆ユ・ヨンチョルという男
ユ・ヨンチョル
1970年4月18日
韓国・全羅北道高敞郡の生まれ
ヨンチョルには兄が二人、そして双子の妹がいたが、妹は出生届が遅れたため1年後に登録されたという。
家族環境は複雑だった。
父親は家庭を捨てて別の女性と暮らし、母親は生活の苦しさから生まれたばかりのヨンチョルを口減らしのために殺めようと考えたほどだった。
家庭は破綻しており、父親はアルコール依存症で暴力を振るい、倫理観が欠如している男だった。
幼いヨンチョルは高敞(コチャン)に住む祖母の家に預けられ、そこで育てられることになった。
しかし夜になると継母と父親から暴力を受け、幼い心に深い傷を負ったのだった。
その後母親と共に暮らすため居住地を移し、小学校に再入学することになる。
この結果ヨンチョルは小学校に2回入学し、7歳で正式に学校生活を始めた。
ソウル特別市・麻浦区公徳洞で過ごした幼少期――彼は一見平凡な学生として育ったと言われている。
しかし生活記録には「大人びた子ども」と記され、絵や運動に秀でた一方で、カエルを解剖して楽しむなど異常な興味を見せていた。
「将来は医者になる」と周囲に語る少年だったが、やがてその内面には暴力的な一面が現れるようになる。
中学時代。父親が亡くなったことで家族は再び母親のもとに集まり、ヨンチョルは一時的に明るさを取り戻した。
しかし次第に暴力的な行動が目立ち始め、他校の不良と喧嘩をしたりタバコを吸っている生徒を見ると、それが例え先輩でも暴力をふるったという。
このように校内の風紀委員のような振る舞いをして、教師の代わりに問題児を制裁する姿もしばしば見られたそうだ。
ヨンチョルは絵がとても上手だった。
画家を目指して芸術高校を志望するが、結果的に国際工業高等学校に入学。
しかし1988年――17歳の時に窃盗で逮捕され、少年院送りとなったことで学校を退学。
その後1991年以降、窃盗を繰り返して刑務所を出入りする日々が続いた。
1993年には風俗業で働いていた女性と結婚もするが、幸せは長続きしなかった。
結婚後わずか数ヶ月で再び窃盗罪で逮捕され、刑務所に入ることとなったのだ。
出所後、1994年10月。
ヨンチョルは息子を授かり、日中はウェディングショップの写真館でまっとうな仕事を始めた。
だがその裏では不法産廃業者を相手に警察官を名乗り、金品の搾取をしていたのである。
ヨンチョルはよく、警察を名乗って詐欺を働いていたという。
そのような犯罪を繰り返しながら生活する中で、2000年には未成年の女性に乱暴した容疑で刑務所で長期間服役することとなった。
これがきっかけで妻はとうとうヨンチョルに愛想を尽かし、離婚を突き付ける。
ヨンチョルは2003年9月11日まで刑務所で服役した。
このようにユ・ヨンチョルの幼少期から青年期にかけての人生は、家庭環境の崩壊と暴力、そして犯罪によって形成されていた。
これらの要素が、後の彼の凶悪犯罪に繋がる伏線となっていたのかもしれない。
のちにユ・ヨンチョルは韓国中を恐怖と混乱に陥れるシリアルキラーと化し、ソウル西南部で20人を手にかけることとなるのである。
◆富裕層への憎しみ
2003年 9月24日。
ユ・ヨンチョルは出所して2週間も経たないうちに、ソウル 江南区 新沙洞で女子大学の教授である72歳の男性と、その妻である67歳の女性をハンマーで殴りつけ命を奪った。
犯行後ヨンチョルは指紋や足跡を丁寧に拭き、玄関の鍵を閉め、別の窓から抜け出した。
しばらくして現場にナイフを忘れてきたことに気付き、再び塀を越えて玄関のドアを蹴破りナイフを見つけ出した。
10月9日。
鍾路区 旧機動で、駐車管理員の61歳の男性宅に侵入。
その場にいた男性の妻と、85歳の母親をハンマーで殴打し命を奪った。
犯行の最中、異変を感じた夫妻の35歳の息子が2階から下りてくると、ヨンチョルは彼をナイフで襲ったのち、頭蓋骨が割れるほどハンマーをふるった。
10月16日。
江南区 三成洞で、2階建ての住宅に侵入。
69歳の女性をハンマーで殺害。
その後その家の息子が帰宅すると、トイレで血を流し苦しそうに呻いている母親を発見、すぐさま警察に通報を行なった。
鑑識の結果、同じ足跡がリビングとトイレで発見され、旧機動事件の足跡と比較してみたところ足跡が一致。
被害者が高齢者で比較的富裕層であること、ハンマーのような鈍器を使用した手口。
この時からマスコミは「連続殺人が起きている」ということを報じ、犯人を捕まえられない警察を猛烈に非難し始めた。
11月18日。
鍾路区の住宅に侵入。
家主である87歳の男性と居合わせた53歳の女性をハンマーで襲い、証拠隠滅をするため火を放って逃走。
現場では生後3ヵ月の赤ちゃんが布団で寝ていた。
煙に巻かれて窒息寸前までいったが、幸運にも助け出されている。
警察は現場近くの建物に設置されていたカメラを分析。
そこに映っていたのは、返り血を隠すため被害者のジャンパーを着て歩いている男の姿だった。
分析の結果、犯人の身長は168cm、20代から30代後半の男と判明。
2004年4月14日。
ソウル中区 黄鶴洞の市場で露店商をしていた44歳の女性を手にかける。
その前日である4月13日の夜、中区で成人向けの画像やDVDを販売していた人物がいた。
ヨンチョルはこの人物の動向を綿密に調べており、営業を終えた彼が売れ残った商品を持って、自分の車の方へ向かったところに近づいた。
ヨンチョルは偽造した警察官の身分証を提示しながら「法律違反で摘発する」と言い、彼に手錠をかけて車の助手席に乗せ車を発進させた。
運転している間、男性はヨンチョルが本物の警官かどうかを疑っていた。
そんな彼の態度に気付き、ヨンチョルは彼を手にかけることを決めたという。
ユ・ヨンチョルは手袋をはめ、ナイフを使って男性の顔と頭、首などを攻撃。
男性が動かなくなったのを見て後部座席の下にその体を移動させたが、この時点で男性は生きていた。
意識を取り戻した男性はヨンチョルに蹴りを入れて反撃したが、太ももなどを刺され、頭部を数回殴打され亡くなった。
ヨンチョルは手錠の跡を隠すため、そして指紋を分からなくさせるため、彼の両手首を切断。
その後、証拠隠滅のために車に火をつけて逃走した。
持ち去った手首は、そこから300メートル離れた防波堤の岩の隙間に捨てている。
この被害者男性には弟が3人いたが、この件があってから2人の弟、そして弟の一人と交際していたガールフレンドが自ら命を絶っている。
唯一生き残った末の弟も命を絶とうと森へ出向いたが、そこで偶然箱に入れられ捨てられていた犬を発見。
弟さんは犬を連れて帰り、なんとか生きることを決意したそうだ。
この弟さんのインタビューと彼に希望を与えた犬の様子は、ネットフリックスで配信されている「レインコートキラー」で見ることができる。
ヨンチョルは直接的ではないにしろ、ここでも3名の命を奪っているのだ。
★
ロドニー:始めは詐欺とか窃盗をしていたのに、どうしてヨンチョルはシリアルキラーになってしまったの?
ルドルフ:一概にコレだと言える原因は 第三者にはわからないんだな。幼少期の苦しみ、精神的な問題、刑務所で見聞きした情報や社会的な孤立など、複数の要因が絡み合った結果だとは思うんだな。
ロドニー:絵が上手だったのに勿体ないね。
ルドルフ:僕も素直にヨンチョルの絵は上手いと思う。彼が描いた漫画のイラストを見たが、個人的に魅力的な絵柄だと思ったぞ。これもまたネトフリの「レインコートキラー」で見ることができるぞ。
ロドニー:ここまでで被害者には共通点があったの?
ルドルフ:この時点でのヨンチョルは富裕層を狙っているんだ。金持ちに対する憎悪からの犯行だと言われているんだな。
ロドニー:最後の車を燃やされてしまった人は?
ルドルフ:彼は恐らく、突発的な犯行の犠牲になってしまったんだ。警察に扮して詐欺をしていたヨンチョルだったが、身分を疑われたため証拠隠滅で襲われてしまったんだな。そしてこの先のヨンチョルの犯行が、映画「チェイサー」の大きな基となったんだ。
◆狙われた女性たち
2004年3月から7月までの間。
ユ・ヨンチョルは、計11人の女性を手にかけて遺体を埋めた。女性はいずれも出張型の風俗嬢だった。
ヨンチョルは電話で女性を呼び、路上やホテルで待ち合わせて会った後、偽造した警察の身分証と手錠を見せて自身を警察だと偽り、自宅へ女性を連れて行った。
そうして女性たちにシャワーを浴びさせた後、バスルームに入ってハンマーを振り下ろすのである。
気絶した女性の命をナイフで奪い、そのままバスルームで、体を16から18個の部位に切り分けた。
またDNA検査で自身の存在が明らかになるのを防ぐため、11人の被害女性のうち1人と肉体関係を持っただけで、他の女性たちは直ちに手にかけていた。
ユ・ヨンチョルはシリアルキラーとしては珍しく、生前の被害者を弄んだり怯える様子を観察するでもなく、家に招き入れてからすぐに被害者を襲っていた。
女性たちの中にはもしかしたら、自分が襲われたと気付かぬうちに絶命した人もいたかもしれない。
しかしヨンチョルは被害者を手にかけた後で、異常な行為をしていた。
解体の際、脳や臓器を口に運ぶなどの食人行為を行なっていたのだ。
ヨンチョルの犠牲となった被害者は次の通り。
2004年3月16日 23歳の女性
4月~ 5月の間 身元不明の20代から30代の女性
5月 25歳の女性
6月2日 35歳の女性
6月 身元不明の20代後半の女性
6月9日 出張マッサージ店 26歳の女性
6月18日 27歳の女性(ヨンチョルは本当は同じ店の別の女性を指名したが、何等かの事情により被害者が代わりにユ・ヨンチョルの元を訪れていた)
6月25日 出張マッサージ店 28歳女性
7月2日 出張マッサージ店 26歳女性(この女性は かつてユ・ヨンチョルが交際し別れた女性と同じ名前だったという理由だけでターゲットにされた)
7月9日 出張マッサージ店 24歳女性
7月13日 出張マッサージ店 27歳女性
◆逮捕と騒動
2004年7月15日。
ユ・ヨンチョルは、「特定の携帯番号で呼ばれた女性マッサージ師たちがしばしば行方不明になる」という出張マッサージ店主の届出で逮捕された。
しかし当時の警察はユ・ヨンチョルを、女性を拉致して地方の店に売り飛ばす――つまりは拉致を行なっているだけだと思っていた。
警察が取り調べで「女性たちはどこへ行ったのか」と質問すると、ヨンチョルはこう返した。
ソウル西南部で起きている 連続殺人事件をご存じですか?
あの事件の犯人、私なんですよ。
しかし警察が具体的な状況を訊ねると、ヨンチョルは知らないフリをして時間稼ぎを始める。
やがて「遺体を隠した現場を知らせる」と話したが、この直後にユ・ヨンチョルは警察署から逃亡した。
この際ヨンチョルは具合の悪くなったフリをし、そこに一人しかいなかった警察が 救護を呼びにその場を離れたのを見て逃げたという。
あまりにも堂々と正面の出入口から歩いて出て行ったため、周囲は誰も怪しまなかったのだ。
ヨンチョルが逃げたと判明し、警察署は大騒ぎになった。
その夜は当直が20人しかいなかったがすぐに100人の警官が召集され、機動捜査隊を一晩中配置することとなった。
雨の中、確保は絶望的だった。
ソウルという大都市で、たった一人の男を見つけ出すことなど不可能に近かった。
だが、11時間後に奇跡が起きた。
とある横断歩道を見張っていた警察が、向こうから歩いてくるヨンチョルに気付いたのだ。
怪我をしたのか顔をタマゴで冷やしながら歩いてきた男を見て、警官は「あいつだ!」と指をさした。
(※韓国では昔から、ぶつけた時の「たんこぶ」や「内出血」「腫れ」を引かせるために、殻付きの生の卵で患部をコロコロとマッサージするという民間療法があるのだ)
一斉に警察が取り囲んだが、ヨンチョルは激しく抵抗。
手錠をかけたあと、ヨンチョルは興奮しながら叫んだ。
「俺が誰か知ったら、お前ら驚くぞ!」
やがて連行されたヨンチョルは 取り調べでこうも語った。
「捕まえてくれてありがとう。あのままいったら、俺は100人殺していた」
そして全て自供し、犯人にしか分かりえない部屋の内装など詳細を語り始めた。
ヨンチョルの言葉に従い夜中に山へいくと、飲み物のフタが地面に置かれていた。
そこを掘れというので掘ったところ、被害者のものと見られる骨が出てきたのだった。
なぜ目印をつけていたのかと問われたヨンチョルはこう答えた。
「次々と埋めないといけないので、同じ場所を掘らないようにするためです」
ユ・ヨンチョルは現場検証で26人を手にかけたと主張した。
内臓が足りない遺体に関して追及すると、食人もしたと自白した。
現場で写真撮影をしていた鑑識の女性は涙を流し、写真がブレてしまうからと肩の震えを抑えるのに必死だったと語っている。
しかし26人を手にかけたという主張は、のちにヨンチョル本人も否定。調査の状況とも合わず、信憑性は低いと捜査担当者が明らかにした。
結局、最終的な犠牲者の数は20人と確認された。
のちのテレビ番組でヨンチョルは、犯行動機をこう語っている。
「女性はふしだらであるべきではなく、金持ちは自分たちの所業を知るべきだ」
★
ロドニー:この事件を基に作られた映画「チェイサー」はどんなだったの?
ルドルフ:主人公もカッコよかったし、フィクションの物語としては面白かったんだな。場面によってはハラハラしながら観れる一方で、ちょっと心がズンとなる場面もある。そしてワンちゃんが嫌な目に遭うシーンがあるので、ロドくんにはおススメしないぞ。
ロドニー:レインコートキラーっていう名前は? ここまで聞いて、一度もレインコートが出てきてないよ。
ルドルフ:現場検証を行なっていた際、マスコミが撮影したヨンチョルが黄色いレインコートを羽織っていたんだ。その姿が印象的だったためレインコートキラーと呼ばれるようになったんだ。

ルドルフ:そしてこの事件で警察は、犯人の逃亡を許したこと以外にもバッシングを受けることになる。
警察署から検察まで送致される場面が生放送されたんだが、その時被害者の母親が、傘を持ったままヨンチョルに詰め寄ろうとしたんだ。
すると「襲撃される」と勘違いした警察が、女性に蹴りを入れたんだ。
ロドニー:被害者のご遺族に蹴りを?!
ルドルフ:そのシーンも生中継されて、警察は凄まじいバッシングを受けたんだな。何人かは懲戒免職になったそうだが。
ロドニー:なんだかもう色々なところで苦しみが生まれているね……
◆逮捕後の話
ユ・ヨンチョルが逮捕された時。
警察は「プロファイリングの勝利だ」と宣言したが、実際ヨンチョルを捕まえたのは、風俗業界の店主であることは間違いなかった。
特定の番号の電話を受けて出張した女性が、もう何人も戻ってこない――。
風俗店の店主たちが話し合い、その電話番号を要注意とし、その結果ヨンチョルを逮捕できたのだ。
ヨンチョルは慎重に行動していたため、一度利用した店舗は再利用しなかった。
だがそれぞれ看板が異なる店舗でも、「最終的には一つの店に収束する」ということをヨンチョルは知らなかったのである。
映画「チェイサー」の主人公は風俗店を経営している元刑事というキャラクターで、フィクションとしての物語だけで見るととても面白い作品に仕上がっている。
2005年6月9日。
ユ・ヨンチョルは20人に対する殺人罪の有罪が認められ、最高裁判所で死刑が確定した。
それから19年が経った2024年12月現在も ユ・ヨンチョルは服役中である。
★
理解しがたい理由で大勢の人を手にかけたユ・ヨンチョル。
韓国中を震撼させたこの大事件は犯人の異常性だけでなく、警察の失態や捜査の問題点をも浮き彫りにした。
被害者の命が戻ることはない。遺族の悲しみが薄れることもない。
それでも彼らの存在を忘れず、事件を記録し続けることで、同じ悲劇が繰り返されないよう願う。
正義と安全のために何ができるのか。
僕たち一人一人は、生きている限り考え続けなければならない。
ルドルフ

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