屋根裏の秘密
狙われた女性と男のコンプレックス
映画「屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ」の基となった事件

あなたのアパート、怪しい人は住んでいませんか?
隣同士の付き合いもあまりないと言われている昨今だが、せめて「どんな人が住んでいるのか」ということは知っておいた方がいい。
ひょっとしたら隣室に、とんでもないものが隠されているかも……。
この事件が発覚したのは1975年のドイツ。
あることをきっかけに発覚した、アパート住人の大きな秘密。
ただよう腐臭、奇妙な塊、想像を絶する光景。
アパートの屋根裏に隠されていたのは――細切れになった女性たちだった。
1975年7月15日
ドイツ、ハンブルグ
この日、とあるアパートでボヤ騒ぎが発生した。
駆け付けた消防隊がただちに消火活動を行なったため幸い大事には至らなかったのだが、アパートの上の階や屋根裏を調べていた消防隊がとんでもないものを発見した。
それはビニール袋に入れられた、半ば腐った肉の塊だった。
物凄い悪臭。
不審に思いながらよくよく肉塊を観察してみると、なんとそれは女性の胴体だったのである。
かくして、仕事から帰宅したアパートの住人が逮捕された。
男の名前は、フリッツ・ホンカ。
少なくとも4人の女性の命を奪い、バラバラにし、自身のアパートや屋根裏に隠していた男である。

◆ホンカの生い立ち
フリードリヒ・パウル・ホンカ
1935年7月31日
ドイツ、ライプツィヒの生まれ
大工の父と清掃員の母。
10人兄弟の3番目の子として生まれたが、ホンカの兄弟のうち3人は生まれた時に亡くなってしまったという。
ホンカが4歳になった頃、第二次世界大戦が勃発。
ドイツも混乱期に突入し、ホンカは戦争と貧困が交錯する過酷な環境で幼少期を過ごしていた。
ホンカいわく、父親はナチス政権の下で強制収容所に送られ、ホンカ自身も子供用の収容所に収容されたのだという。
壮絶な経験を経て1945年に戦争が終わり、10歳になったホンカと父親はロシア人の手によって解放された。
しかし、家庭の平穏が取り戻されることはなかった。
母親はたくさんの子供を抱え、貧困の中で家庭を支えた。
ホンカはライプツィヒの児童養護施設で育ち、父親はボイラーマン――火夫として働いた。
しかし戦後間もなくアルコール依存から体調を崩し、ホンカが11歳の頃に父親は命を落とした。
この出来事はホンカの幼い心に深い傷を残し、彼の後の人生にも暗い影を落とすことになる。
1950年代初頭。
10代半ばとなったホンカは、レンガ職人の見習いとして働き始めた。
しかしアレルギーのためにその仕事を続けることができず、その後は西ドイツへ移住し、リューネブルク荒野の小さな村で農業労働者として働き始めた。
ホンカはここでマルゴットという女性と出会い、息子ハインリッヒが誕生。
結婚をせず子供が生まれてしまった状態で、ホンカは3000ドイツマルクの養育費を支払わなければならなくなった。
当時の労働者の平均月収は約200~300ドイツマルク程度と推定されており、3000ドイツマルクは10代半ばのホンカにとって途方もない大金だった。
結局ホンカは養育費を支払えず、最終的に村を去ることを余儀なくされたのだった。
1956年。
ハンブルクに移り住んだフリッツ・ホンカは港湾労働者として働き始めた。
しかしここで、思いもよらなかったことが起きてしまう。
ホンカは交通事故により鼻を骨折し、斜視が目立つ容姿となってしまったのだ。
この外見的な変化は彼の心にも新たな傷を刻んだ。
翌年にはインゲという女性と結婚して息子をもうけたが、暴力的な問題や不和が絶えず、夫婦関係は破綻を迎えた。
こうした挫折と孤独が重なる中でホンカは徐々にアルコール依存に陥り、次第に暗い道へと進んでいくことになるのだった。
1967年。
32歳になったフリッツ・ホンカは、ハンブルクのオッテンゼン地区に引っ越した。
1972年。
37歳になったホンカはイルムガルトという女性としばらく同棲を続けた。
しかし夏頃、別の女性に強制的に襲い掛かり警察沙汰になっている。
被害女性はホンカのアパートから裸で逃げ出し、通報したのちに病院で治療を受けたという。
その当時ホンカはかなり酔っ払っていたようだ。
この件で裁判所はホンカに、被害女性に対して4500ドイツマルクの罰金を支払うよう命じたが、なぜか強姦の容疑は取り下げられたという。
酒に溺れ、酔うと暴力的になっていたホンカは、その後数年間にわたり女性と付き合っても長続きしないという状態が続いた。
そのためか彼は、パブなどで知り合った売春婦と関係を持つようになったのである。
そうして彼女たちとの出会いこそが、フリッツ・ホンカの狂気を呼び覚ますきっかけの1つとなったのだった。
◆狙われた女性たち
先述の通り、フリッツ・ホンカにはコンプレックスがあった。
その1つは、事故によって顔が変わったこと。
そしてもう1つは、自身の身長が低いということ。
ホンカの身長はだいたい165センチ。
1970年代当時のドイツ人男性の平均身長は約175センチとされており、ホンカは平均を大きく下回る自身の身長をひどく気にしていた。
そのため、自分より背の低い女性にかなり執着していたのだ。
またホンカは、歯のない女性を求めていた。
どういうわけかホンカは女性との肉体関係を持ちたがらず、どちらかといえばオーラル行為、つまりは口で奉仕してもらうことを好んでいたらしい。
だが一方で、その行為の最中に男性器を嚙み千切られるという想像に酷く怯えていた。
そのため、歯のない女性というのがホンカの理想だったのである。
背が低いこと、事故により斜視が目立つようになったこと、そして言語障害もあったというフリッツ・ホンカ。
彼が初めて人の命に手をかけたのは、35歳の頃。
1970年12月。
フリッツ・ホンカが初めて命を奪ったのは42歳の美容師で、生活のために時々体を売っていた女性ゲルトルート・ブロイアーだった。
当時夜警の仕事をしていたホンカは彼女と出会い、自宅に彼女を招き入れて、そこで彼女の首に手を伸ばし命を奪った。
ホンカはゲルトルートの遺体をノコギリでバラバラにし、それを袋か何かで包んで 近隣の様々な場所に隠したという。
のちにそれらの一部が発見され警察によって身元が確認されたが、その時はホンカに捜査の手は及ばなかった。
4年後の1974年8月。
ホンカは54歳の売春婦であるアンナを自宅アパートに招いた。
そうしてゲルトルートの時と同じく、彼女の首に手をかけて命を奪ったのである。
同じ年の12月。
またしても同じ方法で57歳のフリーダという女性を殺害。
翌年1975年の1月には、52歳の売春婦ルースを殺害した。
フリッツ・ホンカは手にかけた女性たちをバラバラにして細かくし、袋に包んでアパートの屋根裏に隠していた。
当然ながら時間が経つにつれて臭いが漏れ出て、同じアパートの住人から悪臭に関するクレームが入った。
ホンカはとぼけて、「私もこの臭いが不思議でならない」などと住人に話を合わせていた。
その裏で臭いを消すため、必死になって松の香りの香水を撒いていたという。
当時は売春婦の失踪が軽視されていたためか、この3人の女性たちが町から消えても 特に警察は動かなかった。
◆発覚と逮捕
1970年から始まったフリッツ・ホンカの狂気は5年間続き、ある日突然終わりを告げた。
1975年7月15日。
仕事に出ていたホンカが帰宅すると、自宅アパートの前に人だかりができていた。
見れば自分の住んでいるアパートが火事になり、消防隊まで出動する騒ぎになっているではないか。
ホンカは焦っていた。
なぜなら自分の部屋である屋根裏には、これまで手にかけた女性たちのバラバラになった肉塊を隠していたのだ。
――彼女たちはどうなったのだろう?
現場にいた警察が、消防隊員と何やら話している。
そうしてホンカと目が合った警察が、厳しい顔でこちらへ近づいてきた。
警察はボヤ騒ぎが収まった後、女性の遺体が見つかったホンカの部屋を捜索していたのだ。
かくしてフリッツ・ホンカは逮捕され、約2週間後に女性たちを手にかけたことを自白した。
拘留中にホンカが語った動機は、ホンカが性的不能であったこと、そして本番よりもオーラル行為を好んでいたことを彼女たちが嘲笑したから……というものだった。
ホンカは逮捕直後に犯行を認める自白を行ったものの、翌年には「何も覚えていない」としてその自白を撤回。
裁判所はホンカが行なった数々の犯行について慎重に審議を重ねた結果、ホンカに対し、殺人1件と過失致死3件の有罪判決を下した。
ホンカが常習的にアルコールを乱用していたことが 判決に影響を与えた。
アルコールの常用によりホンカの精神能力が低下し、行動の抑制が難しくなったことが酌量すべき要素と認められたのだ。
最終的にフリッツ・ホンカには、精神病院で15年の懲役刑が宣告された。
そうして1993年――58歳の時に釈放され、ピーター・イェンセンと改名。
晩年は老人ホームで過ごし、1998年10月19日にハンブルグの病院で息を引き取った。63歳だった。
★
アルコールとコンプレックスの影響で4人の女性の命を奪ったフリッツ・ホンカ。
この事件は2020年に「屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ」というタイトルで映画化されている。
僕はこの映画絶対に観たことあるのだが、舞台となった屋根裏の陰鬱な雰囲気が強く印象に残っているばかりで他は断片的にしか覚えていない。
ただ映画の屋根裏は実際の部屋を忠実に再現していたとかで、あの暗い空間で起きた悲劇を思うと胸が詰まりそうになる。
起きたことは紛れもない現実であり、亡くなった女性たちの冥福をただ祈るばかりだ。
ルドルフ

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