黒の欲望
男が選択した最悪の手段

人に言えない秘密がありますか?
一般的ではない奇妙なもの・恐ろしいもの・口にするのも憚られるような、ちょっと変わったものが好きだったとしても、それはもちろん個人の自由。
基準なんてものは誰が決めたのかということで、例えあなたが人とは違うものを好きだとしても、誰もそれを咎めるべきではない。
……もちろんこれは「犯罪に繋がらなければ」の話。
この事件が起きたのは1982年のアメリカ。
この年から1984年までの約2年間。ある秘密の性癖を持っていた男が、残忍な方法で3人の命を奪ったのだ。
男の名前はジョン・ジャウバート、21歳。
ジャウバードは日頃からこんな妄想に耽っていた。
「男の子を殺して、飽きるほどマスターベーションをしたい」
1984年1月11日。
アメリカ、ネブラスカ州ベルヴュー。
この町の託児所に勤務していた女性職員が、この近辺をうろつく不審な車に気が付いた。
なぜ女性は不審感を抱いたのか?
その理由は、運転席にいた男が「指名手配中の殺人犯」にそっくりだったからだ。男を目にした女性は、咄嗟に車のナンバーを控え始めた。
するとそれに気付いた運転席の男が慌てた様子で車を降り、女性の方へずかずかと近付いてきた。
「なにをしている、そのメモをよこせ!」
女性はすぐに託児所の建物の中へと非難したが、後を追ってきた男にナイフを突きつけられてしまう。
女性は懸命に抵抗し、託児所を出て近隣住民の家へと駆けこんだ。
そうして警察に通報している間に男は逃走したが、駆け付けた警官は女性のメモを頼りに男の正体を割り出した。
男の名前はジョン・ジャウバート、21歳。
彼は3名の少年の命を奪った、凶悪な殺人鬼だった。
◆オークデール・スラッシャー
ジョン・ジョセフ・ジャウバード4世。
1963年7月2日、アメリカのマサチューセッツ州生まれ。
レストランのウェイターをしていた父と、看護婦の母との間に生まれたジョンは、幼い頃からとある空想をしていた。
空想は子供なら誰しもがすることだが、ジョンの場合は少し内容が特殊であった。
覚えている限りで一番古い空想の記憶は、7歳の頃。
彼は自身の家で働いていたベビーシッターを背後から襲って首を絞め、生きたまま食べてしまうという空想・または妄想をしていたのだ。のちに彼を見たプロファイラーは、この年齢でこのような空想をするのは、非常に珍しいことであると述べている。
なぜ幼いジョンがそのような空想を抱いたのか、決定的な理由は明らかにはなっていない。
11歳の頃。メイン州、ポートランドのオークデールに引っ越したジョン。
この土地でジョンは、恐るべき4件の犯行を行なった。
ジョンが13歳になった時、通りかかった6歳の少女に自転車で忍び寄り、背中を鉛筆で刺して怪我を負わせた。
その理由は「ジョンが好きだった男子が引っ越してしまい イライラしていたから」だそうだ。
その翌日には別の少女をカミソリで切り付けるなどの奇行に走る。
翌月には27歳の女性が背後から襲われ、ナイフで脇腹を刺されるという事件も起こった。
その2ヵ月後には9歳の少年が林の中で襲われ、後ろから喉を切られた。少年は12針を縫う怪我を負ったが命は助かっている。
これらの犯行は多くの場合「背後から忍び寄って行なわれたもの」であり、被害者が振り返った時には既に逃げていたことから、犯人が誰なのか分からずジョンの元に捜査が及ぶことはなかった。
正体不明の犯人はオークデール・スラッシャーと呼ばれ、町の人々を恐怖と不安に陥れた。
ジョンはティーンエイジャーの時に、このような連続未解決事件を起こしていたのである。
そうして逮捕されなかったことに味をしめたのか、ジョンは更なる恐ろしい犯行に手を染めることとなるのだった。
◆満たされてゆく欲望
ハイスクールを卒業したジョンは私立大学へと進学。そして、初めての殺人に手を染めることとなる。
1982年8月22日、メイン州 ポートランド。
午後7時45分頃、11歳の少年リッキーが日課のジョギングをしていた。
夏なのでまだ周囲は明るく人通りもあり、中には「ジョギングをするリッキーと、その後ろを自転車でついて行く若者を見た」という人もいた。
ジョン・ジャウバードがリッキーに声をかけたのか、それとも突然さらったのか。
とにかくひと気のない場所へと連れて行かれたリッキーは首を絞められ、ナイフを何度も体に突き立てられ、命を奪われてしまった。
そしてジョンは、絶命したリッキーの衣服を脱がし始める。しかし遺体に対して性的暴行はせず、ジョンはなぜかリッキーの体に歯形をつけ始めた。
リッキーの遺体が発見されるのは、翌日のことである。
リッキーを手にかけた直後、ジョンは店でハンバーガーを食べながら犯行時のことを思い返していた。
少年の愛らしい顔、細い首、刺した時の感触。記憶を辿れば辿るほど、ジョンの体が熱を帯び始める。
その熱の正体は、どうしようもないほどの性的欲求。
ジョンは居ても立っても居られず、ファストフード店からすぐに帰宅。自分の部屋に籠り、再び犯行の場面を思い出してマスターベーションに耽ったという。
ジョンにとってそれは強烈な刺激だった。
その後時間が経って冷静になったジョンは、我に返って焦り始めた。
このままでは逮捕されてしまうかもしれない――。
ジョンは逮捕を恐れて大学を去り、地元から姿を消すかのように空軍へ入隊した。
自身の行ないを後悔しているかと思いきや、リッキー少年の件から1年が過ぎた1983年9月18日。
ネブラスカ州のベルビューにて、ジョンの第2の犯行が行なわれた。
ベルビューはジョンが所属していたオファット空軍基地のある場所である。
その日の早朝、13歳のダニーがアルバイトの新聞配達をしていた。
ジョンはダニーに声をかけ、リッキーの時と同様に彼をナイフで滅多刺しにし、体中に噛みついて歯形をつけた。
この時のジョンは歯形から犯人であることがバレてしまうことを恐れ、ダニーの体に残った歯形を消すために彼の皮膚をナイフで切り取った。
行方不明になってから3日後に発見されたダニーは口にサージカルテープを貼られ、両手と両足を縛られていた。
また下着一枚という姿にされていたダニーだが、リッキーの時と同じく性的暴行はされていなかった。
ダニーの兄も新聞配達をしており、彼もまた「見知らぬ白人の男に何度も付け回されたことがある」と証言し、男が乗っていた車の特徴などを警察に伝えた。
3件目の犯行は、ダニーの事件から約2ヵ月半後。
1983年12月2日、ベルビューの西にあるパビリオンという町で、12歳のクリストファーが学校へ行く途中で行方不明となった。
クリストファーはオファット空軍基地将校の息子で、白人男性が運転する車に乗るところを見たという目撃者もいた。
1人目の犠牲者リッキー。
2人目の犠牲者ダニー。
今回の犯行も同一人物によるものであると踏んだ警察は懸命に捜査を行なったが、残念ながらクリストファーも命を奪われた状態での発見となってしまった。
行方不明から3日後、森の中で下着だけを身に着けた少年の遺体が見つかったのである。
クリストファーの体は哀れにも凍り付き、冷たい雪に覆われていた。やはり体にはいくつもの刺し傷と歯形をえぐった跡がある。
しかも今回は首を落とそうとしたのか、頭部が殆ど切断された状態であった。
ジョンはこれらの犯行の後、現場を思い出しては何度もマスターベーションに耽っていたという。
3名の被害者はいずれも性的暴行の痕跡がなかった。ジョンは持ち帰った記憶だけを頼りに、繰り返し繰り返し、暗い欲望を吐き出し続けていたのである。
◆歪められた思春期
ジョン・ジャウバートの家族はウェイターの父親と、看護婦の母親。2歳年下の妹。
一見するとごく普通の家族だが、両親の仲はあまり良くはなかった。
ジョンの両親は彼が6歳の頃から別居しており、正式に離婚したのはジョンが10歳の時だった。
ジョンは母親に引き取られて生活することになるのだが、ここで彼の生活にある変化が起こる。
それは、母親からの虐待。
「ジョン、あんたには友達やガールフレンドなんか必要ないわ」
「パパに会いたいですって? 諦めることね」
「このマヌケ、またお尻を叩かれたいの!?」
ジョンの母親は元々癇癪持ちだった。
幼いジョンを口汚く罵倒し、父親と会うことを禁じ、またジョンが性的な物事へ興味を持つことを厳しく禁じた。
離婚してからいきなり母親が豹変したのか、それともずっと前からそんな予兆があったのか。
もしも後者であったなら、7歳の頃のジョンが「ベビーシッターを襲って食べたい」という空想をしたのは、自身の生活環境が多少は影響していたのかもしれない。
同時にジョンは、体が小さいことを理由に学校では仲間外れにされていた。
成績は非常に優秀だったが学校では友達がおらず、家では母が罵声を浴びせてくる。
ジョンは家でも外でも独りぼっちだった。
とにかく母親はジョンを抑圧し続けた。
小学校高学年の頃から多くのものを禁止されていたジョンは、やがてマスターベーションをすることによって日々のストレスを発散するようになる。
始めは女の子を妄想していたが、何故か途中から対象は男子になっていった。
ジョンのそれは、いわゆる性的な妄想ばかりではなかった。
ジョンは少年の首を絞め、ナイフで滅多刺しにするところを思い描きながら自身を慰めていたのだ。
そんな彼の妄想は、少しずつ現実世界をも侵食してゆくこととなる。
◆逮捕と末路
逮捕されたジョンは取り調べの中で、自身がオークデール・スラッシャーであることも認めた。歯形の照合も当然行なわれている。
ジョンはオークデールでの犯行を、「将来行なう予定である殺人事件の練習だった」と言ったそうだ。
1984年1月12日。
逮捕されたジョンは、ネブラスカで起こったダニーとクリストファーの殺人の件で起訴された。
ジョンを担当した精神科医は、ジョンが統合失調症パーソナリティ障害に苦しんでいるという結論を出している。
統合失調症パーソナリティ障害の特徴には、人間関係の形成への関心の欠如、および自分自身を他の人から隔離したいという欲求。冷淡で、あまり感情を表に出さない性格などがある。
罪を認めたジョンは、のちにこの事件の調査に関わっていた保安官と話した時にこんなことを言った。
「釈放されたら、また少年を襲ってしまうと思う。だから逮捕されて良かったとも思っている」
ジョンは3件の殺人全てで有罪となった。
リッキーの事件が起きたメイン州には死刑制度がないため、終身刑を言い渡された。
しかしダニーとクリストファーの事件が起きたネブラスカでは、死刑判決がくだされている。
1996年7月16日ネブラスカ。
この日。ジョン・ジャウバート33歳の、電気椅子による死刑が執行された。
★
幼い頃の経験が影響してシリアルキラーとなってしまったジョン・ジャウバート。
当然ジョンの起こした事件は許されるべきではないし、命を奪われた少年達とご家族が受けた痛みは、僕の想像なんて到底及ばないほど大きなものである。
もちろん辛い子供時代を過ごした上で立派な大人になっている人も大勢いるが、このような事件を見聞きし、どうすれば防げていたかと想像する時、どうしても僕は彼らの少年時代を思ってしまう。
余談だがジョン・ジャウバートは、収監中も自慰行為に没頭していたそうだ。
彼と面会したプロファイラー、ロバート・レスラー氏に対して、「殺害現場の写真をください」と言ったこともある。
当然それは妄想に使うためであり、更に当然、要求は断られた。
執行の際、彼はこのような言葉を遺している。
「自分のしてしまったことを申し訳なく思っています。
私の死がなにかを変えるか、誰かに平和をもたらすかはわかりません。
そして、ダニー、クリストファー、リチャードの遺族にお願いします。どうか平和を見つけてください。
私の願いは、ネブラスカの人々が私を許してくれること。それだけです」
ジョン・ジャウバートの最後の食事は、ピーマンとタマネギのピザ、ストロベリーチーズケーキ、ブラック コーヒーだった。
ルドルフ

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