辺獄インフェルノ

世界の怖い事件をまとめています

🌍 世界の片隅で起きた、真実の記録。
遠い国の出来事のようでいて、今を生きる僕たちにも通じる――
このブログでは、実際に起きた事件や人間のドラマを
静かに、丁寧に語り継いでいきます。

ドナルド・ファーン

3分と6時間

妄想に憑かれた男の犯行と末路

 

 

 死刑制度についてどう思いますか?

 現代でも賛否両論・全国各地で議論が行なわれている死刑制度。

 死刑制度を廃止した国、反逆罪など特殊な件でのみ死刑が行なわれる国、制度はあるものの長らく死刑が行なわれていない国、そして死刑制度に則って死刑が行なわれている国。

 この事件が起きたのは1942年のアメリカ。

 ある男が少女を手にかけ、命を奪ってしまった事件である。

 異常な思考を持ち欲求に従って犯行に走ったこの男は、世間に見せていた明るく優しい顔の裏側に残忍な悪魔の顔を隠していた。

 この事件において、なによりもまず目がいくのは犯行の残虐性である。

 そしてもう1つ、目ではなく頭に残る数字がある。

 それは、3分と6時間

 

 

 

 1942年4月26日。アメリカ、コロラド州。

 ある農夫の男性がテレビを見ていると、ふと気になるニュースが流れ始めた。

「今月22日から行方不明となった16歳の少女、アリス・ポーターさんについての情報提供をお願いします。アリスがいなくなってから4日が経ちましたが、警察は現在、目撃者から寄せられた誘拐犯のものと思われる車の画像を公開しており――」

 男性は車の画像を見て驚愕した。

「この車、こないだの夜に頼まれてレッカーしてやったヤツに似てるな……?」

 男性の記憶が正しければ、4月23日の夜明け前。

 眠りについていた男性の家がノックされ、ドアを開けると見知らぬ男が立っていた。

 その夜は雨が降っていた。男は「町に帰る途中で車がスリップしたため、手を貸してくれないか」と懇願してきたのだ。

 午前4時。農夫の男性は男に案内されて車がある場所まで出向き、牽引してあげたのだが――その時の車が、今ニュースで流れている車の画像と酷似していたのである。

 

 これはもしやと思い、男性はすぐさま警察に情報提供をした。

 そうして情報を受けた警察が車のあった現場まで行き広大な荒地の付近を調べると、レンガ造りの小さな建物があった。

 一見すると単なる廃屋のようだが、この地はかつて「プエブロ・インディアン」の居住区だった場所であり、その建物もとある儀式の場として使われているものだった。

 

 警察が調べたところ建物の中には、行方不明になっていたアリスの衣服と血痕があった。

 そして、恐らくは犯行に使われたのであろう……数々の恐ろしい拷問器具も発見された。はさみ、ペンチ、ナイフ、ワイヤー、キリ、釘――

 ここで一体なにが行なわれていたのか?

 更に調べていくと、建物の裏の井戸からアリス・ポーターの遺体が見つかった。

 16歳の愛らしい少女は、見るも無残な姿にされていた。

 

 建物を調べ、アリスの遺体を発見したのと同じ頃。別で動いていた警察が、1人の男の元を訪れた。

 男の名前は、ドナルド・ファーン。 

アリスを誘拐し、拷問し、強姦し、命を奪った人間である。

 

 

◆男が魅せられたもの

 ドナルド・ファーン。

 1915年、アメリカのコロラド州生まれ。

 彼は幼い頃――具体的には6歳の頃から、とある衝動を抱いていた。

 それは、可愛い女の子を拷問してみたいという欲望。

 その衝動は収まることなく、それどころか成長するごとに大きく膨れ上がっていった。

 13歳の頃には頻繁に夢にまで見るようになり、夢の中で誰かを拷問した彼は、目覚めた時には汗でびっしょりということも多々あったそうだ。

 そんな欲望を抱いていたファーンだが、当然ながらこれらを表に出すことはできない。

 黒い感情を自身のうちに秘めたまま大人になったファーンは、鉄道技師の会社に就職し、普通に結婚をして子供も生まれた。

 しかし、幼い頃から感じていた拷問への衝動は消えることはなかった。

 

 中でもファーンは、ある儀式に強い興味を覚えた。

 それは、懺悔者による贖罪の儀式

 これは彼が住んでいたプエブロという地の先住民、プエブロ・インディアンの中でもキリスト教ペニテント派の中で行なわれていたもので、自身の体に物理的な苦痛を科すことで己の罪をあがなうというものである。

 もちろんファーンが興味を持ったのは、聖なる儀式という部分ではない。

 あくまでも体に苦痛を与えるという「拷問に関する部分」だ。

 ファーンはこの儀式に関する書物を読んだり調べたりすることで、ますます衝動を肥大化させていった。

 のちの犯行現場となるレンガ造りの建物にもしょっちゅう訪れていた。

 この場所はかつての贖罪の儀式が行なわれていた場所で、祭壇には未だ血痕などの拷問の名残があったという。

 ファーンはこの場所に通いながら、自身の妄想を膨らませていたのだ。

 

 

◆狙われた少女

 1942年4月22日、午後9時過ぎ。

 ドナルド・ファーンは、ついに恐ろしい犯行に走ってしまった。

 妻は2人目の子供を出産するため入院しており、この期間はファーンにとってまたとない機会とだったのだ。

 車に乗ったファーンは、前から目を付けていた少女をじっと見つめていた。

 彼女の名前はアリス・ポーター。看護師を目指して奮闘中の16歳の少女だった。

 ファーンはアリスのことを数日前からストーキングしており、彼女の帰る時間などを把握していた。

 アリスが看護学校の夜の授業を終えて帰宅している途中、ファーンは銃を突き付けて彼女を脅しながら車の中へと押し込んだ。

 そうしてプエブロから25マイル離れた「例の建物」に連れて行ったのだ。

 

 ファーンの犯行は、まさに鬼畜の所業だった。

 アリスは服を脱ぐよう命じられ、手足と口をテープで縛られた。

 暴行されることや殺されることを恐れたアリスは、震えながらファーンを見ていた。

その時ファーンは暖炉に火を点けていたのである。

 その日は雨が降っていたので、室内を暖めるために火を点けたのか――誰でもそう思うだろう。恐らくはアリスもそう思っていた。

 しかし違った。ファーンは取り出した長いワイヤーを暖炉の中に入れ、真っ赤になるまで火で熱したのだ。

 そして取り出した赤いワイヤーを、アリスの体に巻き付けたのである。

 次に針金の束で作った手製の鞭を火で熱し、それでアリスの体を叩き始めた。

 のちに警察が押収したはさみやペンチ、ナイフにキリなど。これらもアリスの拷問に使用されていたのだが、ファーンはそれらの器具を使う際、必ず火で熱してから使用していた。

 真っ赤になるまで熱せられた悍ましい数々の器具で拷問されたアリス。

 彼女はファーンの好みの容姿だったという、ただそれだけの理由でこのような仕打ちをされたのである。

 

 アリスは拷問をされた後もまだ息があり、必死で目の前の男に助けてほしいと懇願した。しかしドナルド・ファーンは、無残に焼けただれたアリスの皮膚を介抱することなど一切せず、そのまま彼女を強姦したのである。

 そして事が終わった後、絶望に泣きじゃくるアリスの頭部にハンマーを振り下ろしてから、銃で頭部を二発撃ってアリスの命を奪ったのだった。

 この拷問から殺害は、6時間に渡って行なわれていた。

 

 

◆ドナルド・ファーンの末路

 アリスを手にかけたファーンは彼女の服を燃やし、彼女の遺体を建物の裏にあった井戸へと投げ込み、拷問に使った器具もそのままにして建物を離れた。

 その頃病院ではファーンの妻が赤ん坊を出産しており、ファーンは町へ戻るために車へ乗り込み発進させた。

 ところが大雨のせいで車がスリップしてしまい、どうにも動かなくなってしまう。仕方なく車を降りたファーンは、牽引を手伝ってもらうための家を求めて数マイル歩き続けた。

 そうして冒頭の農夫の男性の家を訪れ、車を牽引してもらったファーンは町へと戻ったのだった。

 

 アリスを手にかけてから4日後、1942年4月26日。

 農夫の男性が警察に情報を入れていたことなど知る由もなく、ファーンはプエブロの洗車場にいた。

 そこへ警察が現れ、ファーンを連行。

 ファーンの指紋を採った警察は、それが建物の中にあった拷問器具の指紋と一致したことを知らせた。

 ファーンは自身の罪を認め、こう言った。

「私は、ただ暴走してしまっただけなんです」

 この時警察署の外には、「アリス・ポーターを殺害した犯人を許すな」と大勢の民衆が押し寄せていた。

 このままではファーンが民衆にリンチされてしまうと思った警察は、プエブロからキャノンシティの刑務所へファーンを移送している。

 裁判でのファーンは心神喪失を理由に無罪を主張したが、陪審員は彼が正気であると判断し、ドナルド・ファーンには死刑判決がくだされた。

 

 

 10月23日、午後8時5分。

 ドナルド・ファーンの死刑執行日。

 ファーンは最後の食事にステーキとビールを頼み、食事を済ませてからガス室へと入って行った。

 ファーンが絶命するまでにかかった時間は、3分

 アリスの父親はファーンの処刑の時、こう考えていたという。

「娘がこの男の仕打ちに耐えていた6時間は、たった3分間の死に値するものなのだろうか」。

 

 

 ★

 

 

 死刑制度に関する問題は確かに議論すべきである。

 個人的には反対派の意見も頭では理解できるのだが、もしも自分の大切な人がこの事件のように拷問されて命を奪われてしまったとしても、それでも反対し続けられるのだろうかと感じてしまう。

 僕の好きな漫画「外道の歌」で、凄く胸を打たれた主人公の台詞がある。

「被害者や遺族に対して、周囲の人間はただの一つも何かを要求するべきじゃない」。

 犯人を許せという感情、逆に憎み続けろという思い。

 死刑を無くせという声、無くすなという声。

 何の事件にも巻き込まれたことのない僕が、意見を主張すべきではないのかもしれない。

 それでも傍観者で居続けるよりは、少しでも考えていたいと思う。

 

ルドルフ          

 

本事件を動画で見たい方はこちら

 

 

 

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